ドイツとオーストリアで昨年から、環境保護運動グループ「ラストジェネレーション」が美術館や博物館で絵画や展示品にペンキを振りまいたり、ラッシュアワーに主要道路で接着剤の付いた手を道路に貼り付けて座り込み、道路を封鎖する過激な活動を展開している。救急車が通過できないなどの事態も発生し、国民の間で批判が高まっている。(ウィーン・小川 敏)
オーストリアの首都ウィーンで10日、ラストジェネレーションのメンバーが道路を封鎖したため、救急車が患者がいる場所に行けず、別の医者が現地で患者をケアしたものの死亡するという出来事が起きた。救急車側の説明では、69歳の男性患者は既に心拍が停止し、医師が蘇生などの応急手当てを施していたという。警察は道路封鎖に関与したラストジェネレーションの9人のメンバーを拘束した。
救急車でなくても、急病人を病院に運ぼうとして道路封鎖で通行できないといった事態も十分考えられる。急用で会社や待ち合わせの場所に行かなければならない人もいるだろうし、子供を学校や幼稚園に送る親もいる。ラストジェネレーションの活動家は運転する人々の事情を無視し、道路を封鎖している。
運転者が車から飛び出して活動家をつかみ、道路脇まで引っ張っているシーンがニュース番組で放映された。警察官の到着が遅れていたら、大変な事態になっていたかもしれない。
ラストジェネレーションという名称は、オバマ元米大統領が2014年9月23日のツイッターで、「私たちは気候変動の影響を感じた最初の世代であり、それについて何かできる最後の世代(ラストジェネレーション)だ」と述べたことに由来する。21年にドイツとオーストリアで創設され、昨年初頭から活動を開始している。5月を「活動月間」と決め、メンバーを総動員して過激な活動を繰り返している。
スウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥンベリさんの「フライデーズ・フォー・フューチャー」では19年9月、100万人以上が路上で抗議デモをした。世界各国で環境保護協定などが施行されてきたが、ここ数年、新型コロナウイルスの世界的大流行、ウクライナ侵攻と大きな問題が発生し、環境保護運動はその陰に隠れてしまった感があった。その上、エジプトのシャルムエルシェイクで昨年11月6日から開催された国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)では関係国間の利害の対立があって環境保護の進展は遅々たるものに終わった。「これでは何も改善されない」という危機感が環境保護グループの間に生まれてきても不思議ではない。
ラストジェネレーションの過激な活動に対して、政治家の中でも批判の声が出てきた。オーストリアのカーナー内相は12日、「2022年版憲法擁護報告書」を公表、ラストジェネレーションを極左過激派グループには分類しないものの、環境保護運動の過激なメンバーを「監視対象」とすることを明らかにした。なお、ネハンマー首相は道路を封鎖する活動家らを「社会の破壊工作員」と酷評している。
ドイツのショルツ政権は社会民主党(SPD)、自由民主党(FDP)、そして「緑の党」の3党の連立政権だが、緑の党に所属するハーベック経済相(副首相兼任)は今月2日、「ラストジェネレーションのメンバーが未来を懸念し、環境問題を真剣に考えて、活動していることには敬意を払うが、民主主義社会では国民の多数の支持を得ることが大切だ」と指摘し、間接的だがラストジェネレーションの活動を批判している。
ドイツやオーストリアの一般国民は「環境保護という目的はよくても、公共秩序を乱し、多くの人々に迷惑をかける活動は許されない」という声が支配的だ。
メンバーらは、「われわれの運動は人気コンテストではない。気候変動の危機を訴えているのだ。人気を気にする必要はない」と批判を切り捨てる。
そこから「道路を封鎖して運転者を少々困らせたとしても仕方がない」という論理が出てくるのだろう。地球温暖化の阻止という目的のためならば、手段を選ばないというわけだ。辛辣(しんらつ)な国民からは「環境保護活動家の論理はテロリストと同じだ」と厳しい声が聞かれる。