【広島サミットの岐路 核なき世界は実現するか】(上) 抑止論高めたゼレンスキー氏

ウクライナのゼレンスキー大統領のスピーチを中継で見る記者ら =21日午後、広島市の国際メディアセンター(石井孝秀撮影)

広島で開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)は、議長国日本の岸田文雄首相とウクライナのゼレンスキー大統領の両者が主役の3日間だった。

サミットは核軍縮に関する初の独立文書「広島ビジョン」を打ち出して閉幕。原爆被爆地・広島出身の岸田首相は、議長の総括記者会見で「歴史的な意義を感じる」と強調した。

ただ、自身がライフワークとする核なき世界という「理想」と、核依存から脱却できない国際社会の「現実」との溝は広がる。

「安全保障上の課題に対処すること、核兵器のない世界という理想に現実を近づけていくべく取り組むこと、これは決して矛盾するものではない」。首相は会見でこう述べ、現実を理想に近づけられると力を込めた。

「広島ビジョン」では、ロシアの核威嚇を「危険で受け入れられない」と非難。その一方で、核軍縮の進め方については「安全が損なわれない形」との条件が付され、「防衛目的」や「侵略抑止」の場合は使用が容認されるとの立場を盛り込んだ。

核抑止の効果については十分な議論が尽くされたとは言えないが、ゼレンスキー氏が来日し、急遽(きゅうきょ)サミットに参加したことで、「核依存脱却」や「核廃絶」を求める空気はG7から吹き飛んだと言えよう。

相互確証破壊の均衡をいきなりゼロ対ゼロにするのは空想だ。しかもウクライナ侵略の現実は厳しく、核軍縮にしても米露間で唯一残る枠組み、新戦略兵器削減条約(新START)は履行停止になったままだ。

サミット開幕に先立つ18日の日米首脳会談では、米国の「核の傘」の重要性を確認。首相は「厳しい安全保障環境の下、国民の安全を守り抜く」とし、核抑止に頼る姿勢を示した。

2017年にノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のダニエル・ホグスタ暫定事務局長は、ゼレンスキー氏の記者会見後、首脳宣言に核廃絶の言葉がない「結果については大変失望している」と酷評した。

だが、現状ではウクライナを占領させないための抑止力は必要という共通認識がG7サミットに表れている。首脳声明では、ロシアに武器を供給する第三国に支援の停止を求め、従わない場合は「深刻な代償」が伴うとも警告した。

ゼレンスキー氏の訴えが、ロシアに是々非々の態度を取るインドやブラジルなど新興・途上国「グローバルサウス」の国家とも共有できたことも意義がある。サミット直前には、中立的なサウジアラビアを訪問し、アラブ諸国の首脳らに直接、ウクライナへの支持を呼び掛けた。

日本は100台の自衛隊トラック、非常食提供のほか、負傷兵の受け入れを表明した。米国のバイデン大統領は、新たに3億7500万ドル(約517億円)相当の弾薬や装備品をウクライナに供与することを約束。ゼレンスキー氏が求めていた米国製F16戦闘機の欧州各国からの供与を容認し、ウクライナ軍パイロットの訓練を支援する方針も伝えた。今回の欧米諸国の対応は、ウクライナの戦況をより有利に変える可能性がある。

G7サミットについてロシアは、「西側ではない国々を味方に引き入れ、ロシアや中国との関係発展を阻止しようとしている」と警戒感を示す。G7とサミット招待国の首脳らがウクライナ支援とロシアへの制裁強化で大枠一致したことで、ロシアの核使用のハードルが一段と高くなったことは高く評価できる。(豊田 剛)

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