ウクライナ東部や南部を中心にロシア軍とウクライナ軍が戦闘を続ける中で、ロシアが新たな動員を行うという情報がメディアで流れている。ロシアは軍事侵攻の指揮を執る新たな総司令官に、制服組のトップであるゲラシモフ参謀総長を任命しており、ロシア軍が新たな攻勢に出るのではとの見方も強い。(繁田善成)
ウクライナ軍の攻勢を受け、プーチン大統領は昨年9月21日に「部分的動員令」を発したが、徴兵逃れのため数十万人の人々が国外に出国するという混乱を招いた。ロシアのショイグ国防相は10月28日、部分動員令に基づく予備役30万人の招集が完了したと述べ、混乱の収束を図った。
そのロシアで、新たな動員令が準備されているとの見方が流れている。
プーチン大統領は1月8日、国防省や内務省など武力を有する「武力省」の代表者らとオンライン会議を開き、本格的な動員の必要性に言及した上で「そうでなければ戦争に勝つことはできない」と語った。ロシアの会員制交流サイト(SNS)「テレグラム」に開設されているチャンネルの一つが報じたものだ。
同チャンネルによると、動員は1月18日に開始されるが、最初の2週間は動員を内密に行うという。当面の対象は現時点で出国を禁止されている人々で、主に、離婚した妻に、子供の養育費を支払う義務を負っている男性という。
確かにそれならば、国境を閉鎖しなくても国外に脱出される恐れはない。養育費も、動員手当から控除すればよい。離婚率世界一で、結婚した夫婦の8割が離婚するロシアならではのアイデアだろう。
また、テレグラムの複数のチャンネルが「彼らの情報源」の話として、1月23日に政府が国境閉鎖に踏み切るだろうと報じた。
一方でロシア国防省は11日、ゲラシモフ参謀総長を、ウクライナ侵攻作戦である「特別軍事作戦」の統括司令官に任命した。制服組のトップを総司令官に任命したことになる。
ウクライナでロシア軍が苦戦し、軍上層部の責任を問う声が一部で上がる中で、プーチン大統領は軍の指導部を守った形となる。
ゲラシモフ氏の総司令官任命に際し国防省は「指導部の強化は軍の任務拡大に伴うもの」との声明を出しており、ロシア軍が新たな攻勢に出るのでは、との見方が強まっている。
というのも、昨年9月末に開始した動員令で招集された30万人のうち、約半数の訓練が2月に終わるからだ。これら動員兵を送り込むことで部隊を再編成し、ゲラシモフ統括司令官の指揮下で再攻勢に出る。そして、空いた軍の訓練施設に、新たに動員する人々を送り込むというシナリオだ。
もっとも、再攻勢に出たとしても、ロシアの国家としての体力がどこまで持つのかには疑問符が付く。戦費の増大によりロシアの財政は急速に悪化しており、2022年の財政収支は約3・3兆ルーブル(約6・2兆円)の赤字となった。
ロシアの国家財政は石油や天然ガスの輸出に頼っているが、欧州連合(EU)の禁輸や、輸出価格に上限を設ける主要7カ国(G7)の制裁を受け、中国やインドなどの制裁に参加していない国々に値引き販売せざるを得ない。
ところで、ウクライナのSNSには、占領地の民家から金目の物を盗み出すロシア兵士の様子が多くアップされている。中には民家から便器を持ち出しているロシア兵もおり、人々の嘲笑の対象となっている。
なぜ便器まで盗むのか。ロシア国家統計委員会のデータによると、ロシアの約600万世帯は屋外のトイレを使っており、また、約12万世帯は自宅や、自宅敷地内にトイレを持ってない。ロシアの最低賃金はアフリカ諸国の約3分の1、そしてラテンアメリカ諸国の約半分よりも低い。ロシアは、全世界のGDPの約4割を占める約50カ国から支援を受けるウクライナを相手に戦争を続けている。経済的に圧倒的な差がある状況で、ロシアがどこまで戦争を続けられるのか。
もっとも、欧米には、今後数十年にわたり欧州の潜在的脅威となり得ないまでにロシアを弱体化させるという目論見(もくろみ)もあるだろう。そのためにはロシア軍を短期間で打ちのめすのではなく、戦闘を長引かせる方がいい。それを知ってか知らずか、プーチン大統領はさらに突き進む構えだ。