プーチン露大統領の戦勝日演説 「総動員令」「戦争宣言」は無し

不満の矛先が向かうのを恐れたか

クリミア半島併合から8年の関連行事で、観衆に手を振るロシアのプーチン大統領=18日、モスクワ(AFP時事)

ロシアのプーチン大統領は5月9日、第2次世界大戦での独ソ戦勝利を祝う戦勝記念日式典で演説を行った。「ウクライナ侵攻の正当性」を強調する一方で、一部で指摘されていた「総動員令」や「戦争宣言」については言及しなかった。増加するロシア軍戦死者の実態が国民の目に明らかになったとき、「総動員令」により武器を手にした国民の不満が政権に向かうことを恐れた、との見方もある。(繁田善成)

「ロシアで最も愛国心が高まる日」。5月9日の対独戦勝記念日について、よく使われるフレーズである。しかし、この日が「国家の記念日」として祝われるようになったのは、第2次大戦から20年が過ぎたブレジネフ時代になってからだ。

独ソ戦の終結を「記念日」として祝うには、双方合わせて死者3000万人という犠牲はあまりにも重過ぎた。だからこそこの日は長らく、それぞれの遺族らが、犠牲となった家族や親族を悼む日であった。

国と家族、自らの子孫のために戦い散った人々にとって、人々の平和な生活こそが何よりの手向けだろう。しかし、ソ連の国家・経済が停滞し、国家として新たな求心力が必要となったとき、5月9日を国威発揚の日として用いるようになったのだ。1965年のことだ。

国家が抱える問題が大きければ大きいほど、それを覆い隠すために過去を美化し、独ソ戦の勝利を「国家の偉業」として内外にアピールしてきた。軍事パレードなどその最たるものであり、本来の5月9日の意味をねじ曲げた醜い出し物にすぎない。

それは、今年も同じである。2月24日に開始したウクライナ侵攻、ロシア政府の言う「特別軍事作戦」はきょうこの日も、ウクライナの人々を蹂躙(じゅうりん)し続けている。

ともあれ、この「特別軍事作戦」を開始したプーチン大統領が、この戦勝記念日に何を語るのか、多くの人々の注目を集めていた。大統領が「総動員令」を発するのではないか、それともウクライナに対する「宣戦布告」もしくは「戦争宣言」を出すのではないか、といった見方が、欧米の一部メディアで流れていたからだ。

これらについてロシアのペスコフ大統領報道官が「欧米の捏造(ねつぞう)だ」と語れば語るほど、ロシアの人々は余計に不安に駆られるのだ。2021年11月以降、ペスコフ報道官は「ウクライナとの戦争などあり得ない」「ウクライナ国境に集まったロシア軍部隊は演習目的」と繰り返してきた。

プーチン大統領は「総動員令」「戦争宣言」のどちらも語らなかった。それが「ロシア軍の勝利」にほとんど役に立たないだけでなく、それを発した際の国民の否定的な反応を恐れたからだろう。

多くのロシア人が「特別軍事作戦」を受動的に支持している。しかし、自分の家に戦死した家族や近親者の棺桶(かんおけ)が届いたとき、同じように「特別軍事作戦」を支持するとは限らない。

また、前線のロシア兵が足りないと言っても、まともな訓練も受けていない人々を「総動員」し送り込めば、ただ戦死者を増やすだけである。

「総動員令」を発すれば、少なくとも男の国民は武器を手にすることになる。多くの国民が武器を手にしたとき、ウクライナ人に対してではなく、クレムリンに対して銃口を向けないとは限らない。増大する戦死者をロシア政府は隠しているが、いつまでも隠し通せるわけではないからだ。

実際、プーチン大統領の演説は、ウクライナ侵攻を「唯一の正しい決定」だとする一方で、侵攻で死亡した将校・兵士の家族らに対する支援に全力を尽くすと強調するものだった。戦果を誇ることもなく、今後の具体的目標にも触れなかった。

「特別軍事作戦」の開始から2カ月半が経過した。ロシア軍部隊は北大西洋条約機構(NATO)の兵器に阻まれ、親露独立派が一部を実行支配するウクライナ東部ルガンスク、ドネツク両州の制圧もままならない。それでも振り上げた拳を下ろすことのできないプーチン政権は、現在の破滅的状況を、より巨大な将来の破滅的状況で覆い隠すという、袋小路に陥っている。

 プーチン大統領の“弱気”な演説は、その表れだろう。

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