ウクライナ侵攻は「価値観の戦い」 ロシア正教トップ プーチン氏を全面擁護

4月23日深夜、モスクワの救世主キリスト大聖堂で復活祭の礼拝に参加するロシアのプーチン大統領(左)とソビャニン市長(AFP時事)

カトリック教会との関係悪化

ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇とロシア正教の最高指導者モスクワ総主教キリル1世との関係が悪化、教皇はキリル1世との対面会談を断念した。ロシアのプーチン大統領が始めたウクライナ侵攻に対する評価が正反対になっていることが鮮明になってきたからだ。(ウィーン・小川敏)

教皇はウクライナ侵攻が始まって以来、一貫して停戦を呼び掛けてきた。在ローマのロシア大使館にも出向き、民間人への攻撃を直ちに停止するように強く要請する一方、他宗派指導者らと停戦のための祈りの会を催してきた。

4月2日には、訪問先のマルタの首都バレッタで政府関係者、外交官らを前に、異例とも思われるほど厳しいトーンで侵攻を批判し、「死、破壊、憎しみをもたらす冷たい戦争の嵐が、多くの人々の生活を打ち砕いている」と述べ、プーチン氏の名前こそ挙げなかったが、「強権者は戦争をあおり、自身の影響圏の拡大に腐心している」と非難した。

バチカンのナンバー2、国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿(すうききょう)は4月8日、教皇とキリル1世の首脳会談の可能性を示唆した。イタリア通信社ANSAは4月11日、「ローマ教皇フランシスコはキリル1世と今年6月にエルサレムで会うことができるかもしれない」と報じた。

教皇は3月16日、キリル1世とオンラインで会談し、ウクライナ情勢について話し合ったが、両者は2016年にキューバで歴史的な会談を実現している。キリル1世はプーチン氏に攻撃の停止を進言できる数少ない人物の一人と受け取られてきた。

キリル1世は3月、ウクライナ侵攻を「形而上(けいじじょう)学的闘争」と説明し、「退廃文化を享受する欧米社会に対するロシア側の戦い」と述べている。冷戦時代、レーガン米大統領(在職1981~89年)は共産主義世界を「悪の帝国」、民主主義世界を「善」として善悪闘争論を展開したが、キリル1世はその善悪の立場を逆転させ、同性愛を奨励し、薬物世界に溺れる退廃文化の欧米世界を「悪」とし、それに対抗するロシアを「善」の立場に置く新たな善悪闘争を呼び掛けている。

モスクワの救世主キリスト大聖堂で4月24日、正教の復活祭(イースター)が挙行された。イースター礼拝には正教徒のプーチン氏も参加した。プーチン氏はキリル1世宛ての祝賀書簡で、「社会における伝統的な精神的、道徳的、家族的価値観の促進への貢献」を称(たた)えた。

フランス生まれのロシア系の歴史学者ミシェル・エルチャニノフ氏は、「通常の戦争の場合、相手と交渉し、時には譲歩することで刀を鞘(さや)に納めることができるが、『形而上学的闘争』の場合、(価値観の戦いであり)相手とは交渉ができない。勝利するか敗北するかの戦いとなる」と指摘している。実際、マリウポリや「ブチャの虐殺」からその残虐性、非情さが読み取れる。徹底した虐殺であり、空爆だ。

キリル1世はロシアの敵対者を「悪の勢力」と呼び、ロシア兵士に戦うように呼び掛けてきた。そのためキリスト教神学界からも厳しい批判が飛び出し、神学者ウルリッヒ・ケルトナー氏は「福音を裏切っている」とキリル1世を非難している。

キリル1世には、ロシアのアイデンティティーと受け取られている概念「ルースキー・ミール」(ロシアの世界)が大きな影響を与えている。「キーウ大公国」のウラジーミル王子は西暦988年、キリスト教に改宗し、ロシアをキリスト教化した。キリル1世はウクライナとロシアが教会法に基づいて連結されていると主張し、ウクライナの首都キーウは「エルサレム」だという。ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋(つな)がりを捨て去ることはできないという論理だ。

教皇はアルゼンチンの日刊紙「ラ・ナシオン」(4月21日付)とのインタビューの中で、「今の時点で私たち二人の間の会合は多くの混乱を引き起こす可能性がある」と述べ、キリル1世との2回目の会談をキャンセルしたことを明らかにした。

ロシア正教のモスクワ総主教府は4日、教皇のキリル1世への批判を受け、「ローマ・カトリック教会とロシア正教会の建設的な対話に貢献しない」と主張した。