挫折した欧州の対露融和路線
迫られる東部防衛の強化
ロシアのウクライナ侵攻のスピードの速い展開に世界は驚愕(きょうがく)している中、ロシアと関係の深い陸続きの欧州は近年、ロシアを経済・外交のパートナー国にするよう試みていたが完全に挫折し、無力感が拡(ひろ)がっている。仏独首脳のロシア説得は失敗に終わり、欧州は今、東側防衛強化、対ロシア経済政策の変更を迫られている。
(パリ・安倍雅信)
2019年夏、仏南東部のビアリッツで開催された主要国首脳会議(G7)の直前、フランスのマクロン大統領は、仏南部ブレガンソンにある大統領専用別荘にロシアのプーチン大統領を招待した。欧州とロシアの関係の再構築を模索するためだった。
仏国際関係戦略研究所(IRIS)の欧州安全保障のディレクター、エドゥアール・シモン氏は当時の行動について「(マクロン氏が)一方的にロシアとの対話を開始したことにロシアの脅威に常に
さらされてきたポーランドなど東欧諸国は不安を覚えた」と指摘した。
当時、マクロン氏は「北大西洋条約機構(NATO)は脳死状態にある」と挑発的な発言を行い、欧州独自の防衛体制の構築を提唱し、トランプ米大統領(当時)をいら立たせた。マクロン氏はアメリカとは距離を置く姿勢をプーチン氏に示すことで対露欧州外交の新たな道を開こうとした。
一方、欧州連合(EU)最大の経済大国ドイツのメルケル前政権は、ロシア製天然ガスの供給を容易にするパイプライン、ノルド・ストリーム2のプロジェクトを推進し、すでにドイツ全体のガス共有の48%をロシア製に依存するまで至っている。
今年末、原発ゼロを達成予定のドイツにとって、失う原発分の電力を天然ガスに頼る必要性から、ロシア製天然ガスは欠かせない存在だ。エネルギー依存、つまり経済関係強化でロシアを経済のパートナー国に引き入れる意思は明確だった。
その独仏首脳が、2月7日にはマクロン大統領が、15日にはショルツ独首相がモスクワを訪問し、プーチン氏の説得に当たった。特にマクロン氏はその後、米露首脳会談をセットすることで原則合意を取り付けたと発表したが、翌日にはプーチン氏がウクライナ東部の親ロシア派の1部地域の独立を一方的に承認し、ウクライナ侵攻を決行した。
プーチン氏を説得できなかったショルツ氏は、結果的に2月上旬のワシントンでの米独首脳会談では言及を避けたノルド・ストリーム2の閉鎖を余儀なくされる事態に追い込まれた。
その間、プーチン氏はアメリカの出方を伺い、ウクライナへのアメリカ軍派兵はないと見て、長期に準備していたウクライナへの侵攻を迅速に決行した。仏独はロシアとの融和策にこだわり、プーチン氏のウクライナ支配の決意を見抜けなかった。
欧米諸国は今、ウクライナ侵攻を受け、ロシアとの友好関係からロシア封じ込めに政策の舵(かじ)を切ることを強いられている。それは欧州の軍事力強化、移民流入を止めるための欧州東方の壁建設ではなく、防衛の増強も迫られている。さらにはロシア産ガス・石油の依存度を減らすためのエネルギー供給源分散を加速させる必要がある。
当面の欧州の課題は、停戦とウクライナからEUに逃れる難民の支援で、今は停戦のために全力でロシア制裁に動いている。
仏週刊誌レクスプレスは、欧米がプーチン氏と周辺関係者の個人資産を凍結する制裁を行ったとしても「プーチン氏が資産の国内帰属を進めてきたため、大した効果は得られない」と指摘した。さらに制裁措置はEU27カ国で合意されなければならず、ハンガリーのようなロシア寄りの加盟国がどう動くかは不明だ。
欧州は数年前まで、台頭する中国の脅威に向き合う意味でもロシアをパートナー国とする構想を持っていた。だが、その夢が潰(つい)えた今、ロシアとの建設的対話の道は閉ざされた。旧ソ連の衛星国だった中・東欧諸国は、ロシアに対する信頼感は一貫して低かったが、西欧はロシアが共産主義を捨てたことにほのかな期待を持った。
かつてポンペオ氏がトランプ政権で米国務長官に就任した際「トランプ氏と話しをして東西冷戦終結後の世界の枠組みをリセットしようとしていることを理解した」と言ったが、実は皮肉にもプーチン氏は、冷戦期のソ連帝国どころか19世紀の帝政ロシア時代に時間を戻し、自身が皇帝となる野心に囚(とら)われているようにも見受けられる。