香港では9月から中学校で中国国民としての愛国心を高める宗教教育の授業を必修の「宗教教育課程」として義務づける。愛国心を培うアイデンティティー教育、中国の法律に従う順法精神を基本に各宗教の信仰や内面を学ぶ内容に改訂。教育専門家らは国際的な視野に立った教育に見直すべきだとの反発が強まっている。(南海十三郎)
香港の人口は6月末現在、約743万人。1年前より3万人強が域外流出している。1997年6月まで英国領だったため、仏教、道教に次いでカトリックや英国聖公会などキリスト教の影響が強く、イスラム教、儒教の信者が一定数いる(図表参照)。
香港教育局は16日、99年にガイドライン化された宗教教育の授業内容を大幅に改訂することを発表。9月の新学期スタートから中学1~3年の必須授業「宗教教育」で「宗教から世界を見る」と「宗教から学習」の2単位で宗教の担当教師が40分授業50コマを年間を通して行うことになる。
中学生が必修で学ぶ宗教教育の授業は、仏教、道教、キリスト教、儒教、イスラム教などの重要人物、教義、宗教生活、使命や影響について学ぶだけでなく、宗教が自らにもたらす影響、信仰による内面の変化、幸福感についても学ぶ。
新たな学習指導要領では、教師が授業時、宗教に関する情報や紹介については中国憲法、香港基本法、香港国家安全維持法(国安法)などを必ず参照し、画像や動画が事実と異なる暴力、扇動を行ったり、法律違反となる政治宣伝、正しい価値観を逸脱する内容とならないよう管理チェックを徹底させている。授業では「主要な価値観を培うために国民アイデンティティー、順法精神、親孝行による団結を高める」と強調しており、中国式の愛国教育、宗教政策が刷り込まれる内容となっている。
教育局の学習指導要領では、カトリック系の中学校で生徒たちにロザリオ(バラの冠を意味する祈りの道具)やロザリオのビーズを作成し、イエスの誕生、成長、使命、貢献を学ぶ授業例を挙げる。キリスト教系の学校でも例外なく中華文化の伝統である「孝道(親孝行)」がイエスと聖母マリアとの関係でも大切だったとして「中国の伝統文化での親孝行の重要性を理解していく」とガイドラインで指導している。
香港唯一の公立大学での神学校である香港中文大学崇基学院神学院の龔立人客員副教授は「中学での宗教教育では人生を自分で見つめ直す幸福度として授業部分が新たに加わったことは画期的な進歩。しかし、宗教教育に愛国的国家観や国民アイデンティティーを意図的に植え付けている」「自国だけの価値観で定義せず、もっと広い視野、視点を持つべきだ」とガイドラインに批判的だ。
香港立法会議員(元香港聖公会秘書長)の管浩鳴牧師は「現場で宗教を教える教師が細心の注意を払わないと生徒の理解力がさらに低下する可能性がある。信仰の背後にある愛と寛容の精神をもっと深く理解させることで基礎を築けるはずだ」と不十分な側面を指摘する。
7日、香港では国家安全を主題にした展示施設「国家安全展覧庁」がオープン。2019年に発生した大規模デモを「暴徒による破壊活動」と断じて外国勢力に対する警戒感を喚起する内容が鮮明だ。中国本土式の愛国教育、宗教政策を徐々に導入し、じわじわと国民意識を醸成する意図も透ける。
20年の国安法、24年の国家安全条例の施行という社会統制強化の正当性を着々と進め、次は宗教教育で多面的な価値観だった香港青少年の内面に向けられている。中国式の宗教政策へ刷り込まれていく過程で宗教界の抵抗勢力の猛反発は表向きできない現状が続く。