香港ではスパイ活動などの防止を目的とする国家安全条例が3月施行され、政府は反政府活動を完全に抑え込んで低迷する経済の復調を目指す。愛国教育を強力に推進し、幼少期から中国人として帰属意識、愛国忠誠心を徹底啓蒙(けいもう)し、外国勢力への警戒を強める動きに失望する小学生の親世代は、香港を離れる人材流出が懸念されている。(南海十三郎)
香港では15日、中国の習近平指導部が定めた「国家安全教育日」を迎え、記念式典行事が行われた。政府トップの李家超行政長官は演説で「敵対勢力が香港への攻撃を続け、国家安全の脅威がウイルスのように広がりかねない。外部勢力が香港を虎視眈々(たんたん)と狙っている」と述べ、西側諸国が反政府活動を扇動して混乱を醸成させることへの警戒感を強めている。
3月23日に施行された国家安全条例をワクチン接種にたとえ、「(ワクチンだけでは)ウイルスは自動消滅しない」と語り、国家安全条例を駆使し、「外国勢力」への警戒を呼び掛け、スパイ活動を全力で取り締まると強調した。
中国政府で香港政策を担当する夏宝竜・香港マカオ事務弁公室主任は香港の式典でオンライン演説し、「国家安全条例は市民の安全、発展、生活を保護するための条例。(香港の)伝統的な利点は永続的なものではなく、新思考が必要であり、香港を支援し、繁栄させるための新たな措置が間もなく登場する」と述べ、中央政府からの新たな支援策が打ち出されることを示した。
昨年の演説では反政府デモを念頭に「(動乱の)底流はまだ波打っている」と警戒感を露(あら)わにしていたが、今回の演説の半分以上は経済振興に関する内容で、中央政府が新たなてこ入れ策を導入する準備が進んでいる。
香港政府教育局の蔡若蓮局長は15日、立法会(議会)財務委員会特別会合で議員からの質疑を受け、「香港の小学生数は2029年時点で現状(23年は約26万6000人)の36・5%減、中高校生数は20・5%減となる。小学校の統廃合、各学年のクラス削減が深刻化するリスクに対応しなければならない」と危機感を募らせる。
政府予測でさえも今後5年間で香港の小中高校生の数が2~4割前後減少するほどに迫っており、精神疾患と診断される小中高校生も過去5年間で急増。政府統計では小学生が2・6倍、中高生が1・5倍増えている。蔡局長は小中高生たちの精神疾患急増の原因を「全世界的なコロナ感染の影響が大きい」と説明し、香港の急速な愛国教育導入による生徒たちの精神的な混乱には触れようとしない。
中国や香港政府は、19年の反政府デモへと高校生たちを感化したのは必修授業「通識科(リベラルスタディーズ)」だと断定。国安法施行後の21年9月から廃止され、中国憲法や愛国心、改革開放などについて学ぶ「公民と社会発展科」に置き換えられた。国旗掲揚が22年から授業日に義務付けられ、新科目では、香港が中国の不可分の領土であることや国家安全の意識を教師は教えなければならない。
中国政府の香港への中長期の戦略は、国安法で反対勢力の活動を完全に阻止し、香港市民に愛国教育を徹底して中国人としての帰属意識を幼少期から植え付け、中国の支援による経済繁栄を成就させることだ。ジョージ・オーウェルのSF小説『1984』を彷彿(ほうふつ)とさせるスパイ摘発の密告社会化、社会統制のさらなる強化で、言論・報道の自由の後退や通識科を受講した親世代の反発による人材流出、外国企業の撤退などが懸念されている。