
中国の南太平洋諸国への進出ぶりが顕著となってきた。狙いは台湾包囲網を狭めること、さらに軍事拠点を構築して米豪の分断を図り、中国の太平洋における安全保障を担保しようというものだ。(池永達夫)
南太平洋諸国に影響力を行使し始めた中国の目的の一つは、台湾の外交空間を封印し、包囲網を狭めることで、台湾併合に向けた政治的布石を打つことだ。
南太平洋島嶼(とうしょ)国ナウルは1月15日、台湾との断交を発表。同月24日には中国外務省から、ナウルとの国交を回復したと発表があった。王毅共産党政治局員兼外相が同日、北京でナウルのエニミア外相と関連文書に署名した。同月13日の台湾総統選で当選した与党・民主進歩党の頼清徳・副総統に、中国が準備しておいたカードを切った格好だ。

南太平洋島嶼国では19年にソロモン諸島とキリバスが台湾と断交し、中国との国交を樹立。現在、太平洋で台湾を承認するのはツバル、パラオ、マーシャル諸島の3カ国のみとなった。
中国がバーゲニングパワーとして使うのはインフラ整備や経済協力といった支援策だ。こうした札束攻勢をてこに南太平洋への影響力を強めてきた中国は一昨年春、さらにソロモン諸島と安全保障協定を結び、中国人民解放軍の駐留を可能としたことで、日米豪で一気に警戒感が広がった経緯がある。中国人民解放軍がソロモンに駐留するようになれば、南太平洋の安定と航行の自由が脅かされる恐れがある。
また今年1月中旬、税制改革で給料の手取り額が減少した警察官の抗議運動が略奪や放火など暴動に発展したパプアニューギニアに、中国は警察官訓練などの協力を打診している。
こうした中国の影響力拡大に、とりわけ警戒感を強くしているのが豪州だ。というのも豪州は昨年12月、パプアニューギニアと安全保障協定を締結し、警察官訓練センター設置などに2億豪㌦(約195億円)を投入する計画で一致したばかりだった。
なお、中国の一帯一路構想はユーラシア大陸の東西を陸路と海路で結ぶだけでなく、南東に向かって突き出す格好で南太平洋にも延びている。一帯一路構想の特質は、経済開発と安全保障が絡んだ軍事拠点の確保が一体となっていることだ。インフラ投資と経済援助で政治的影響力を強めながら、中国は軍事拠点化を着実に進めようとしている。
中国がソロモン諸島や東ティモールなどに関与しているのは、南太平洋での米豪分断の思惑がある。遠望しているのは西太平洋を「中国の海」にすることだ。
中国と安保協定を結んだソロモン諸島は一昨年夏、米沿岸警備隊の巡視船寄港を拒否。手をこまぬいていれば、「中国の海」が現実化しかねないとの危機感を米国は高めている。
中国の中期目標は、ニュージーランドからハワイを通る第3列島線から西側の太平洋で米軍の介入を阻止することだ。第2、第3列島線をまたぐようにして広がる南太平洋に軍事拠点を設けて活用できるようになれば、この目標に近づく。
巻き返しを図るため米国は昨年、一昨年と立て続けに南太平洋諸国の地域機構「太平洋諸島フォーラム(PIF)」加盟メンバーをワシントンに招待し、首脳会談を開催。南太平洋諸国の政府公館を6カ所から10カ所に増やし、中国の「経済的威圧」を阻止する手助けをするとのメッセージを送り続けている。すでに増設された米大使館はソロモン諸島とトンガ、今年中にはバヌアツにも開設される。また、米国務省は時期未定としながらも、キリバスにも開設の意向があると明らかにしている。さらに昨年5月には、パプアニューギニアと防衛協力協定を締結している。
なお、南太平洋においてパラオだけは、米国や台湾と信頼関係に基づく強固な関係を保持しているものの、他は米中をにらんだ両天秤(てんびん)外交で、双方から利益を獲得しようとの姿勢が鮮明だ。日米豪は、そうした南太平洋の実情を熟知し、各国のニーズに寄り添い、質が高く、持続可能な支援を考える必要がある。