
タイの道路を走ると、時に日本と間違えるほどだ。左走行だし、とにかく日本車が多い。
タクシーもほとんどがトヨタのカローラだ。ただタイのお寺のようにカラフルで緑や黄色など原色が目を引き、日本とは趣が少し違う。
タイは長らく日本車が9割前後を占めていた日本車の牙城だった。
人口6億7000万人を超す東南アジアでも、新車販売で日本車シェアは8割と圧倒的だった。
とりわけ1985年のプラザ合意による円高局面以降、海外から機械や設備品といった資本財や中間財の調達が顕著に増加するとともに、製造業の東南アジア移転が一気に進んだこともあって、これほどの寡占を保つ海外市場は他にない。
その「わが世の春」だった日本車に、叢雲(むらくも)がかかってきた。
BYDなど中国製EVが殴り込みをかけているのだ。バンコクの高架鉄道やテレビの広告でしばしば登場するのがBYD車だ。
タイ工業連盟(FTI)のクリアンクライ会長はこのほど、低迷する中国経済はタイを訪問する中国人旅行者数を抑えるだろうとする一方、EVの海外投資は拡大し続けるとし「中国の東南アジア投資は自国の景気減速と切り離されている」と強調した。その投資熱をあおっている一つは、米中貿易紛争を回避するための「迂回(うかい)生産」拠点構築の動機だ。
タイの新車販売は昨年、中国車シェアが11%と前年比2・2倍と急増。BYDなどEVブームの波に乗り大きく伸びた。日本車シェアは8ポイント低下し、78%と8割を割り込んだ。
トヨタやホンダは危機感を持ち、タイでEV生産ラインを立ち上げようとしている。だが先行する中国EVは逃げ切りダッシュに拍車が掛かる。BYDは今夏、東部ラヨーン県で海外初となるEV製造工場を立ち上げ、現地生産を始める。中国は本気でEVで日本車を駆逐し、車の覇権を握ろうという腹積もりだ。
ただ現在のEVブームは「上げ底」によるものだ。タイ政府が出している1台最大60万円の購入補助金は、やがて打ち切られる。製造費の3~4割を占めるリチウム電池を改良して廉価性を高める企業努力が求められる。補助金が途絶える前にそうしたイノベーションが進めばEVの波は、いよいよ本格化する可能性があるが、現実のハードルは結構高い。
なお年初、タイでリチウム鉱脈が発見された。0・45%のリチウムを含むレピドライト鉱石の埋蔵量は1500万トン。これだけだとEV100万台分のリチウム電池分しか賄えないが、「東南アジアのデトロイト」を自任するタイは、EV製造大国を目指しリチウム資源を現地調達できるインセンティブを持とうと新鉱脈発見を加速させる意向を明らかにしている。
なおEVは「走るスマホ」と呼ばれている。EVには目いっぱいの半導体が詰め込まれており、スマホに車輪をつけたようなものだからだ。
その半導体が中国でも生産できる汎用型だから、部品のサプライチェーンは今のところ問題はないとされる。だが、EVでも最先端半導体が使われるようになると、この技術や部品の輸出禁止措置を受けている中国は苦しくなる。
中国の産業における強みは、官民一体となって重要分野に傾斜投資できることと、後発のメリットを活かしたリープフロッグ(かえる跳び)が可能であることだ。何より自国の巨大マーケットを持っている中国は、産業集積と生産規模の拡大で価格競争力を高めることができる素地がある。
侮ってならないのは、産業界の構造をも一変させようとする中国の野心と「世界の工場」として蓄積された技術力だ。大風呂敷にも見えるが、逆風や荒波をものともせず突き進む推進力には警戒を要する。(池永達夫)