
香港では反体制的な言動を取り締まる国家安全維持法(国安法)の制定以来、言論の自由が一段と後退し、厳しさを増している。公立図書館では、天安門事件など、政治的テーマを扱う書籍の撤去が急速に進み、香港記者協会は財政苦境にあえぎ、香港紙「明報」の人気風刺漫画が掲載終了になるなど、中国式言論統制が書籍、映像を含め、当局優位の重苦しい自主規制に追い込まれている。(南海十三郎)
2020年6月末、国安法が施行した直後、反政府デモなどに関与して逮捕された民主活動家の黄之鋒氏、香港独立論を主張する陳雲氏、陳淑荘・元立法会議員らの書籍が図書館から撤去された。親中系香港紙「文匯報」「大公報」などがその後も徹底追及し、検閲・排除が拡大。
国安法が施行されて間もなく3年となる今でも書籍だけでなく、映像作品、放送局制作のドキュメンタリー作品なども、作品名が公表されないまま次々と公共図書館から排除され、一般市民が図書館で借りることができなくなった。
香港紙「明報」5月16日付は公共図書館で排除処分となった書籍が少なくとも35著作、映像作品10本あるとし、11年に死去した民主派の重鎮で天安門事件の犠牲者追悼を続けて来た司徒華氏の回顧録や著作が図書館から全部消え、マカオの図書館では一部借りられると報じている。
5月16日、香港トップの李家超行政長官は、議会答弁で「香港では言論の自由は十分に保障されているが、違法であってはならない」と国安法に抵触しない範囲での自由を許容するとした上で、「政府には図書館の蔵書を適切に保つ責任がある。不健康な思想の書籍を推薦しない義務がある」「図書館にない本は他で買える」と説明した。
香港の大手書店は政府の言論統制に極めて敏感で、国安法の施行後は天安門事件や若者主導の雨傘運動、逃亡犯条例改正案の反対デモに関連する書籍は自主規制で販売していない。
香港英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」5月30日付は、香港の独立書店を含む29軒の書店を調査すると、天安門事件の関連書籍はほぼなくなり、19年の反政府デモなど政府に批判的な本を置く書店も約3分の1に目減りしたと報じた。図書館での検閲強化の動きで、出版社も民主派関連の書籍の出版・再版に消極的になっている実態を浮き彫りにしている。
5月、香港の著名な漫画家・尊子(本名=黄紀鈞)が香港紙「明報」で40年間続いた名物一コマ漫画の連載が打ち切られた。昨年7月、筋金入りの親中派で警察出身の李家超行政長官が就任して以降、香港政府高官や親中メディアが「政府への不満を扇動している」と相次いで批判し、圧力が強まっていた。
21年6月、反中反共の日刊紙・蘋果日報(アップル・デイリー)が廃刊に追い込まれ、民主派ネットメディア「立場新聞」「衆新聞」も相次ぎ閉鎖。民主派メディアは姿を消した。
香港の言論の自由を象徴する香港記者協会や香港の外国人記者クラブ(FCC)は国安法施行後、弱体化し、10日、創立55周年を迎えた香港記者協会(陳朗昇主席)は財政難で存続の危機に直面。20年に所属していた会員数は800人だったが、親中系香港紙「大公報」が「記者協会は外国政治勢力に操られた政治組織」と報道、会員からも存続無意味との意見も出て、現在は400人で半減している。昨年4月、FCCは、アジア地域の優れた人権報道をたたえる「人権プレス賞」の授賞を投獄されるリスクを避けるために中止。香港での言論と表現の自由はさらに制限され、「一国二制度」の「二制度」が有名無実化している。