香港、小中高校教員の離職急増「愛国教育」中国主導に嫌気 密告恐れ自己検閲する教師

香港で2021年に廃止された高校の授業科目「通識科」の教科書類

中国の習近平指導部が主導する愛国教育が本格化する香港で、定年前に離職する公立小中高校の教師が急増している。教師が生徒から天安門事件や一国二制度について質問されて、多様な見方を紹介すれば政府に密告されて警告書が出る重苦しい雰囲気に、教育現場の最前線で働くベテラン教師たちが自己検閲に嫌気が差し、反発している。(南海十三郎)

2020年6月末、香港での反体制的な言動を取り締まる香港国家安全維持法(国安法)が施行されたことで、「愛国愛港」を大義名分とする中国式「愛国教育」が導入され、香港の言論統制、教育統制は一変した。中国への国家帰属意識を最優先させ、急速に厳しさを増している。

国安法は「政府が学校やメディアを通じて愛国教育を進め、住民の意識を高めなければならない」と明記されており、反政府活動と見なされる言動は、通報や通報窓口への密告により極秘捜査され、違法性があれば取り締まりの対象となる。これまで国のあり方について宗主国だった英国式の自由闊達(かったつ)な討論を生徒にさせてきた教職員は、密告を恐れて萎縮し、自己検閲、自己統制で身を守るしかない。

香港政府教育局によると、定年を待たずに離職した公立小中高校の教師の数は19年度まで年間1200~1400人台で推移し、離職率は3%前後。しかし、香港の反政府活動を取り締まる香港国家安全維持法(国安法)が施行された後の21年度には2770人(離職率6・2%)、22年度は4月までの約8カ月だけで3540人(同8・0%)に急上昇している。既に前年度より約3割多く、20年度と比べると2・5倍に達している。

調査機関の香港学生能力国際評価センターによる昨年5月の調査報告書では、20年度の離職理由として「社会全体の雰囲気」「教育政策・環境の変更」が急増。急速な教育政策の変更で負担が膨らみ、「残された教師の離職も加速する恐れがある」と分析している。

離職数急増について教育局は「離職率が高い要因は早期退職、転職、移民、その他のプライベートな理由など多岐にわたるが、学校運営は正常で新人教師も補充していて問題ない」とあえて教職員の本音には触れず、不都合な真実には目を向けない。

教育局は昨年10月、新たに幼稚園や小中高校の教職を目指す人に国安法に関する試験を課し、「合格を勤務の必須条件にする」と発表。学校側は教員養成課程を修了していなくても、当局が許可証を交付した「準教員」の採用を増やし、新人教員の補填(ほてん)をつじつま合わせしている実態がある。

中国政府、親中派は19年の反政府デモは中高生を含む若者が多数参加し、香港の教育に問題があったと断罪。とくに学生たちを感化したのが「通識科(リベラルスタディーズ)」だと指摘する。生徒の視野を広げ、社会への意識を高めるために香港の高校で09年に必修科目として導入され、大学進学希望者が受験する公開学力試験にも含まれていた。

しかし、国安法施行後の21年9月から廃止され、中国憲法や愛国心、改革開放などについて学ぶ「公民と社会発展科」に置き換えられた。

国旗掲揚が22年から授業日に義務付けられ、新科目では、香港が中国の不可分の領土であることや国家安全の意識、新型コロナウイルス禍のような事態が発生したら政府に協力すること、などを教えなければならない内容となった。

教育局と友好関係を保ってきた民主派で通識教育を積極推進してきた香港最大の教職員労組「香港教育専業人員協会(会員数9万5000人)」も21年、解散させられた。

中国政府の都合の良い長所だけが教えられ、短所、デメリットを自由闊達に意見交換できる欧米式の教育の場は一切なくなった。現場の教師はそれまでの教育方針が突然否定され、180度違う中国式の導入を迫られ、沈黙のまま失意で離職する教師が急増している構図となっている。

spot_img
Google Translate »