
中国政府系の華僑組織・中華全国帰国華僑連合会(中国僑連)は13日、香港で遅くとも来年までに国家安全条例を制定する香港政府の動きに対し、来年1月投開票の台湾総統選後まで引き延ばすよう提言し、台湾有権者の警戒感が総統選で与党・民進党に有利に働かないよう香港政府に自制を求めた。硬化する中台関係、米中関係だけでなく、一国二制度が骨抜きになる香港の中国化に対して政治的に敏感な台湾有権者の心理を時間稼ぎで反発を鈍化させる中国側の統一戦略は奏功するのか。(南海十三郎)
米本土を横断した中国の偵察気球や国籍不明の飛行物体を米軍戦闘機が今月4日以降に相次いで撃墜する米中緊迫関係は、来年1月投開票の台湾総統選にも中国脅威論が高まり、中台関係も硬化している。
中台関係の悪化や香港の中国化が台湾総統選挙に不利に働くことを懸念しているのが、香港政府に大きな影響力を持つ中国本土に帰国した華僑組織で、全国政治協商会議(政協)にも参加する中国僑連(万立駿主席=本部・北京市内)だ。
香港の民主派を徹底して断罪する中国僑連の盧文端副主席は、13日付の香港紙「明報」への寄稿で、香港と中国本土との税関がコロナ規制前の正常な状態に復調しようとする時期に「香港の李家超行政長官が来年までに香港基本法23条の立法化による国家安全条例の制定を目指す急進的な動きは抑制すべきだ」と提言した。
とくに国家安全条例の制定を今年中に急いで制定準備しようとすれば、来年1月投開票の台湾総統選で台湾有権者の反発を買って台湾独立志向の強い与党・民進党に票が流れると憂慮、少なくとも台湾総統選後に制定していくように香港政府に自制を求めた。
盧文端副主席は中国福建省出身で父親がフィリピン華僑。香港で育った香港選出の元全国政治協商会議(政協)委員で香港紙「蘋果(ひんか)日報」の廃刊、天安門事件を追悼する支連会(香港市民支援愛国民主運動連合会)の解散、民主派政党の民主党の立法会選挙出馬断念に追いやる中国政府寄りの言論が際立つ。「武力統一なくして平和統一なし」が持論だ。
しかし、台湾総統選に不利に働く香港国家安全条例の早期制定を抑制せよとの提言は従来の中国政府や親中派とは違い、台湾統一への焦りや本音も透ける。
香港政府トップの李家超行政長官は先月17日、国家への反逆行為を取り締まる香港基本法(ミニ憲法)23条を立法化する「国家安全条例」の制定を遅くとも2024年までに制定すると表明した。
すでに香港国家安全維持法(国安法)が20年6月末に制定され、同条例が施行されれば取り締まりの範囲が拡大し、統制がさらに厳しくなるため、欧米からの批判、台湾での中国脅威論が広がれば、今年の年末から来年1月にピークを迎える台湾総統選で中国の統一工作に与(くみ)しやすい野党候補に不利に働き、与党・民進党候補を利するとの強い懸念が華僑の視点から吐露された形だ。
中台関係の「現状維持」を主張する蔡英文政権は、「互いに隷属しない」との立場で中国が求める「一つの中国」を拒否。中国の習近平指導部は、蔡氏が呼び掛ける「対等な対話」に一切応じていない。台湾の最大野党・国民党の夏立言副主席は10日、北京市内で中国共産党序列4位の王滬寧政治局常務委員と会談し、蜜月状態で中国側は対中融和に甘い国民党の総統誕生を望んでいる。
中国側は総統選での民進党追い落としのため、インターネット上の偽情報によって台湾当局への不信感を増幅させて台湾世論の分断を図り、米国や日本をおとしめて相対的に自国への評価を上げようとする「認知戦」を強化。とくにSNSでのライブ配信や中国の動画投稿アプリ「ティックトック」が抜け穴となっているが、香港の国家安全条例制定の動きは、それを差し引いても認知戦の上で、かなりの逆効果だとの危機意識がにじんでいる。