鍵握る東部戦区前司令官
背後に「ピークパワーの罠」 日系企業に国家総動員法適用も

――昨年10月の共産党大会直後の人事で、注目するのは?
台湾戦争を想定した戦時体制の人事を組んだことだ。特に、2019年から22年9月まで人民解放軍東部戦区司令官だった何衛東(かえいとう)氏が大抜擢(ばってき)され、政治局員に就任し、軍事委員会副主席にも選出された。
東部戦区は対台湾の最前線。ペロシ米下院議長の訪台を受け、中国は台湾を取り囲む格好でミサイルを撃ち込む軍事演習を行ったが、それを指揮したのが何氏だ。
通常だとまず、中央委員候補になって中央委員に昇進、そして政治局員へとたどり着く。しかし何氏は中央委員候補にすらなったことがないにもかかわらず、2段飛びで政治局員に大抜擢されたのは異例中の異例だ。しかも何氏は中央軍事委員も飛び越えて、軍事委員会副主席にも就任し、制服組トップの一人になった。
今回の政治局員人事で特筆されるのは、そうした「台湾侵攻シフト」が組まれたことだろう。日本のマスコミが、これを重要視しないのはおかしい。本来なら1面で扱うべき大ニュースだ。この人事の重さを的確に認識できていない。
――米は27年までには中国の台湾侵攻があり得るという基本認識だが。

27年までというスパンなら、同意見だ。習氏は27年に3期目の総書記の任期を終える。
当然、4期目を目指す。習氏は権力基盤を固め、個人独裁体制も構築した。しかし、3期目で実績がないと国民は承服しない。だからこれから習氏に問われるのは業績作りとなる。習氏は台湾を併呑(へいどん)することこそが自分の使命と思っている。齢(よわい)もすでに70歳だ。
――その使命感というのはどこからくるものなのか?
一つは、ロシアのプーチン大統領と同じ思考回路がある。
プーチン大統領が戦争をやるのは、旧ソ連の栄光を取り戻すというものだ。習氏も中華帝国の栄光を取り戻そうとしている。
彼らからすれば台湾は自分たちの領土だと主張している以上、その領土を取り戻さないと栄光を取り戻すことはできない。
そういう使命感と習氏自身の政治的野望が絡む。
台湾併合を自分の手で成し遂げれば、それこそ毛沢東、●小平を超えることができる。●小平は香港こそ英国から取り返したが、台湾併合は毛沢東同様、成し遂げられなかった。
それを成し遂げ、建国の父・毛沢東や経済大国の道筋を付けた●小平を超え、中華帝国復活の立役者として歴史に名を残そうとしている。
――西太平洋の覇権を取る上で、台湾は絶好の地政学的要衝にある。
もし台湾が中国の手に落ちれば、同盟国はどこも米国を信用できなくなり、アジアにおける米国のプレゼンスは急激に低下する。米の威信は地に落ち、中国は軍事的にも地政学的にもアジア支配のテコを手に入れたも同然だ。併合した台湾に軍事拠点を構築すれば、日本だってお手上げだ。
これから5年は中国経済はますます駄目になる。
中国はこれから大量失業や国内のあちこちで抗議運動が起こり、国内もかなり不安定になる。
――強権統治は習氏のお家芸だが?
昨年春、四川省で十戸長制が始まった。いずれ全国展開されるだろう。
十戸長制とは共産党政権の代理人1人が10世帯の住民を日常的に監視することだ。また、監察委員会も新設されている。
監察委員会とはスーパー治安機関を意味し、首相や閣僚への報告義務はなく、習氏のためだけの直属機関だ。これはロシアのスターリン時代の内務人民委部(NKVD)をモデルにしたもので暴力むき出しの弾圧機関だ。
――米タフツ大学のマイケル・ベックリー准教授は「ピークパワーの罠」を指摘する。劇的な成長でピークの峠を越えた大国が、坂を転げ落ちる恐怖にさらされると他国に攻撃的になるという。
これまで成長の足取りが早かった分、転落への恐怖も増す。不動産バブルや少子高齢化で限界も見える。
最後、すべての問題を突破するため、台湾カードを切ってくるリスクが存在する。古典的手法ながら、国内問題から目をそらさせ、外に目を向けさせることで政治的求心力を維持できる。
――台湾カードこそが習氏にとってのジョーカーということか?
そうだ。国内で不満が充満し、どんな動乱が起きようと最後の最後、台湾カードを切り「中華帝国の興亡、この一戦にあり」と言えば、すべての問題が解決する。
――戦時になった場合、2010年に作られた国家総動員法が中国に進出した日系企業に適用される可能性は?
必ずそれはやる。100%やる。戦争を遂行する上で日系企業に依存する必要性は全くなくても、それはやる。それが政治カードになるからだ。
国家総動員法の適用で、戦争に協力しているという状況を作り出して日系企業を戦争に巻き込み、日本社会の分断を図ることで、日本政府を窮地に追い込む。
進出した外国企業は、これを拒否できない。
――ロシアのウクライナ侵略は対岸の火災視できないのが台湾だが?
力の前に屈しないウクライナに台湾は元気づけられ、以前より自信を深めた。一昔前まで台湾は、米国が助けてくれなかったら中国の侵攻に対抗できないと思い込んでいた。
しかし、ウクライナを見ると台湾も頑張ればそれができるかもしれないと思えるようになった。
さらに重大な教訓を台湾は得た。それは自分たちが抵抗しなければ、国際社会も支援してはくれず、「天は自ら助くるものを助く」という教訓だ。
ゼレンスキー大統領がロシア軍に怯(おび)えて亡命していれば、時間を置かずウクライナはロシアの支配下に入っていたことだろう。
ただ台湾は中国と地続きではなく台湾海峡という物理的障壁があり、台湾攻略は一筋縄にはいかない。
――ゼロコロナ反対のデモは意外だったが、裏に昨年10月の共産党大会の人事で片隅に追いやられた共産主義青年団(共青団)が動いたということはないのか?
今回のデモのバックに具体的な勢力があるとは思えない。
国民全体の不平不満、絶望が蓄積された結果のやむにやまれぬ憤りの噴出というのが実情だったと思う。
そもそも共青団に、そんな肝っ玉はない。そんな胆力があるなら、習氏と最初から丁々発止やっていただろう。共青団というのは公家集団だ。裏で操って大衆デモを操作するという芸当ができるはずもない。
共青団とすれば、ただでさえ政治勢力を失った今、それをやったらそれこそ強権を手にした習政権に大弾圧の口実を与えることになり、全員刑務所に送り込まれるなど自滅の道を行くだけだろう。
――共青団グループが盛り返すチャンスは、習近平氏の失敗を待つしかないのか。
そういうことになる。