言語を奪う同化政策
産経14日付1面連載「香港改造」第3回は、香港の子供たちに中国式教育を押し付けている実態をルポした。
同連載では、香港国家安全維持法(国安法)施行以後の香港教育現場の急速な変化を詳細に描いている。
例えば、香港教育局から小学校・中学校(中学校、高校に相当)に「中国は民主国家と教えるように」との指示が飛ぶ。その際、生徒に疑問を抱かせてはならないと心の内面まで及び、指導は結構細かい。いわゆる洗脳教育の薦めだ。
最近、香港教育局から出された指示には、「普通話(マンダリン=北京語)教育の強化」がある。
広州・深●などの広東文化圏にある香港の言語は広東語だが、普通話普及へ駒を進めている。壮年・老人の言語を変えるのは至難の業だが、児童や生徒を対象にした若年層の言語を変えれば、未来はその言語空間が主流を占めることになる。北京からすれば壮大な統一事業の一環だろう。
地域の併合と統一は中華思想の下、同化政策を伴う。チベット自治区や新疆ウイグル自治区で行われてきた、宗教と言語を奪って民族のアイデンティティーをなくす同化政策が、香港でも始まったということだ。
フランス下院は20日、中国新疆ウイグル自治区で行われているウイグル人弾圧を「ジェノサイド(民族抹殺)」として糾弾する決議案をほぼ満場一致で採択した。
欧米諸国が北京冬季オリンピックの外交的ボイコットに踏み切ったのも、ウイグル人へのジェノサイド問題が絡んだものだ。
米国や国際人権団体は「新疆ウイグル自治区で中国当局は、ウイグル人を強制収容所に閉じ込めたまま人権を弾圧している」と批判してきた。ただジェノサイドというのは、暴力的な民族抹殺だけでなく、言語の抹殺も含まれているのだ。
批判的思考養う教育
一方、毎日は同日付1、3面で「デジタルを問う」を掲載。フィンランドの小学校での「偽情報を見破る教育」を特集した。
書かれているのは、同国国語教育でのテーマ「フェイクニュース」だ。フィンランドは偽情報に対する抵抗力が欧州35カ国の中でも最も高いとされる。
報道情報や専門家の意見が常に正しいわけではなく、フィンランド教育の根幹には物事を多角的な視点から分析し、論理性と客観性を保持する基本姿勢があるという。
これはフィンランドが、強権謀略国家旧ソ連に隣接し独立を維持してきた歴史と地政学的位置に大きく関与している。こうした「批判的思考」によって、権威から自由な民主主義を守る国民を育成しておく必要があったからだ。
情報はしばしば時の権力者に利用され、歴史そのものが書き換えられることさえ起きる。
そうした虚構の政治的バリアを崩壊させる、一人一人の知見を育成することは国家の独立を守る安全保障問題でもある。
そうした基本認識があるから、教育現場で「批判的思考」を育成し、情報を鵜呑(うの)みにすることなく、ちゃんと分析、大きな社会の合意形成に寄与する国民を育てる風土が醸成されてきた。
ソ連の恫喝に屈せず
何よりバルト三国がソ連の恫喝(どうかつ)を受け、1940年9月から相次ぎソ連軍の駐留を認め、事実上の占領下におかれてしまう中、フィンランドも同様の要求を突き付けられたものの勇敢に戦い、勝ちはしなかったがバルト三国と異なり自国をソ連に蹂躙(じゅうりん)されなかった誇りある歴史がある。
この強権国家に隣接する香港とフィンランドにおける二つの教育現場ルポは、われわれに大きな課題を示唆している。
いったん、強権国家によって自由の壁が破られると、法と権力を盾に「収容所群島」と化すのだ。
香港の実態は、自由社会に警告を発する「炭鉱のカナリア」だ。
(池永達夫)
●=「土へん」に「川」