世論追い風に保守派攻勢
犯罪浸透、日本にも教訓
米国のテロ指定がもたらす最大の変化は、銃を持つ末端構成員の摘発ではなく、ブラジルの二大犯罪組織を支える資金・物流網への包括的な締め付けだ。トランプ政権は犯罪組織の収益を国際金融から遮断すると同時に、西半球の安全保障を脅かす犯罪組織や域外勢力の封じ込めを進めている。その圧力はブラジル政府の治安政策や国内政治にも影響を及ぼしている。

資金洗浄網の解体
首都第一コマンド(PCC)とコマンド・ベルメーリョ(CV)は、非合法収益の資金洗浄を盛んに行っている。資金を合法経済へ還流させるため、ガソリンの横流しなどの燃料産業、不動産、運輸、フィンテック(新興デジタル金融サービス)など広範なセクターを利用してきた。
ブラジル当局の捜査によれば、PCCが関与した燃料事業だけで520億レアル(約1兆6600億円)の巨額資金が動いたとされる。これはPCCが生み出す利益の一部にすぎず、金融制裁の主な目的は合法経済を装った資金洗浄網の解体にある。
外国テロ組織(FTO)指定により、米国はPCCとCVへの「物質的支援」を行った第三者や企業を広く処罰対象とすることが可能になった。組織との関係を認識しながら資金や輸送、専門サービスなどを提供した場合、刑事処罰や金融制裁の対象となり得る。米国市場と取引する金融機関や輸出企業では、監査や取引審査を一段と強化する動きが広がっている。
6月には、PCCの資金洗浄に関与した疑いのあるブラジル企業に製油所が1億㍑を超えるナフサを販売していたことが判明した。通常の商取引が犯罪組織に利用されかねない実態が明らかになり、ブラジル企業でも監査強化などコンプライアンスの見直しが進んでいる。
一方、ブラジル政府も連邦警察による大規模な資産没収作戦を相次いで実施し、数十億レアル規模で犯罪組織の資金源の摘発を強化している。結果として、米国の金融制裁と歩調を合わせる形で、PCCやCVの資産凍結や押収が進んでいる。
こうした動きは、ルラ政権が米国によるテロ指定を「主権侵害」と批判する一方で、犯罪組織の資金源対策そのものは加速している現実も示している。
それでもルラ政権は、米国の一方的な制裁がブラジル企業に影響を及ぼし、将来的には情報・軍事活動の拡大や内政干渉につながる可能性を強く警戒している。
掃討作戦への支持
ただし、治安対策はルラ政権が守勢に回りやすい争点の一つだ。国内の治安悪化が国民生活を脅かす中、世論は犯罪組織への強硬な対応を支持する傾向を強めている。
それを象徴したのが、2025年10月にリオデジャネイロ北部のファベーラ(貧民街)で行われたCV掃討作戦だ。
約11万人が暮らす同地区で数十年にわたり「影の国家」として支配権を確立してきたCVに対し、州警察はこれ以上の勢力拡大は見逃せないとしてブラジル史上最大の「封じ込め作戦」を実施し、121人が死亡した。国連や人権団体は過剰武力を厳しく批判し、ルラ大統領も「虐殺だ」として独立調査を強く求めた。
ところが調査では、地元世論の55%が作戦を「成功・支持」と評価した。犯罪組織による日常的な暴力に直面する市民の間では、人権への懸念よりも脅威への懸念の方が上回った形だ。
大統領選候補のフラビオ・ボルソナロ氏ら保守勢力は、この民意を背景に強硬な治安対策を掲げ、ルラ政権への批判を強めている。フラビオ氏によるホワイトハウスへの働き掛けも指摘される米国のテロ指定は、こうした治安強硬論を後押しする形ともなった。「国際協力か、国家主権か」という外交・安全保障上の課題に加え、「人権か治安か」という国内世論への対応も、10月のブラジル大統領選の大きな争点となっている。
トランプ政権にとって、今回のテロ指定は「影の国家」と化した犯罪組織の封じ込めだけでなく、西半球の安全保障体制を再構築するための大きな一手だ。
PCCとCVは、刑務所という限られた空間から数十年をかけて巨大化した。合法企業を装った資金洗浄や地域社会への「見えない」浸透は、国際的な人の往来と資金の流れが増す日本も決して無縁ではない。南米の経験が示しているのは、組織犯罪の脅威は、経済や社会の内部から静かに広がるという現実だ。
(サンパウロ綾村悟)
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