
南米の大国ブラジルが防衛力の再編を急いでいる。きっかけとなったのは、米軍がベネズエラの首都カラカスを急襲し、マドゥロ大統領夫妻を拘束した軍事作戦だ。ブラジル政府は、現代の電子戦と電撃戦に国防が機能しない可能性に驚き、電子戦対応や国防技術の内製化を中心とした長期計画に乗り出した。外交の発言力だけでなく、同盟や平和、主権の維持のためにも「力の裏付け」が必要になることをブラジルの安全保障政策は示している。(サンパウロ綾村 悟)
2026年1月3日未明、南米の地政学は一夜にして塗り替えられた。
トランプ米大統領の命を受けた米軍は、「絶対的決意」作戦を発動し、ベネズエラの首都カラカスを電撃的に急襲した。150機以上の航空機を動員した大規模作戦は、反米左派マドゥロ大統領の拘束という前例のない結末をもたらした。
南米最強のロシア製戦闘機や地対空ミサイルなどを保持していたはずのベネズエラ。そのマドゥロ政権が作戦開始から数時間で崩壊した現実は、南米各国に衝撃を与えた。特に、南米各国の政府とメディア、軍事筋が驚いたのは、その「速度」と「精密さ」だ。
米軍が投入した電子戦機EA18G「グラウラー」は、ロシア製地対空ミサイルシステムを事実上無力化した。通信網が遮断され、レーダーが盲目と化したわずかな時間に、米特殊部隊は軍事要塞(ようさい)内に突入し、マドゥロ夫妻を拘束したのだ。
ブラジルのルラ大統領は作戦直後、国軍の首脳部に対して詳細なシナリオ分析を命じた。自国が同様の事態に直面した場合の脆弱(ぜいじゃく)性を洗い出すためだ。
ブラジルの有力紙フォーリャの報道によると、軍がルラ氏に提出した分析結果は実に厳しいものだった。現行の防空システムは「(技術的優位を持つ)軍事介入を阻止または断念させるための抑止力としては不十分」というものだ。
ブラジルの国防専門サイト「デフェサネット」は、「(ベネズエラ急襲は)ブラジルの防衛体制の虚構を暴いた」と評した。外国製の高性能なミサイルを並べても、電子戦で優位に立たれれば抑止力とならない。
また、軍事コンサルタントのタバレス氏は、「グローバルパワー(大国)」とは、電子戦などでの技術的世代が決定的に違うとも指摘する。
こうした認識を受け、ルラ政権は防衛体制の抜本的な再構築に乗り出した。検討中の長期投資計画は、「装備品取得・研究開発のための投資枠」だけで、今後15年間で総額8000億レアル(約20兆円)に及ぶ規模とされる。今年度の国防予算案はすでに前年度比6・3%増の約1300億レアルに膨れ上がった。
国防政策の重点の一つは、高度1万㍍以上をカバーするミサイル防衛システムの導入と、純国産のサイバー・電子戦能力の構築だ。33年までに重要な国防技術の国産化を75%にまで高め、防衛装備の国産化を通じて雇用拡大にもつなげる計画を進めようとしている。
注目すべきは、通常であれば社会保障費の充実を重視し、軍事予算に慎重なはずの左派ルラ政権が、この防衛強化を主導している点だ。
ルラ氏は南米の自主・自律性を重視するが、外交的な主張に実効性を持たせるためには、最低限の「抑止力」が必要だというリアリズムに直面している。同時に保守的なブラジルの軍部も、外国勢力が南米で軍事作戦を展開することへの拒絶感からルラ政権に歩調を合わせている。イデオロギーの違いを超えた危機感の共有だ。
十分な防空体制を持っていたはずの隣国のベネズエラが短時間で無力化された現実は、外交や主権という言葉の裏にある「力の裏付け」の重要性をブラジルに突き付けた。
ブラジルの姿は、東アジアの安全保障問題に直面する日本にとっても、決して人ごとではない。外交力と主権を担保するための現実的な「拒否力」をどう構築すべきか、ブラジルが進める防衛力の再編は多くの国が抱える課題でもある。






