
中南米では、麻薬組織やギャングが地域社会を事実上支配する例が増え、国家や地域社会による統治能力の限界が深刻な問題となっている。エクアドルやペルーの都市部では暴力が常態化し、当局の権限を強化する非常事態宣言が繰り返し発令されてきた。こうした治安悪化の中、米国はベネズエラでマドゥロ大統領夫妻をナルコ(麻薬)テロ容疑で拘束する軍事作戦を実施した。麻薬犯罪が社会と国家の深部に浸透している現実を、トランプ政権が改めて浮き彫りにする結果となっている。(サンパウロ綾村悟)
中南米では、麻薬・組織犯罪による治安悪化が国民生活に大きな影響を及ぼしている。国連薬物犯罪事務所(UNODC)の世界薬物報告書(2025年)によれば、コカインの生産・流通は依然として増加傾向にあり、これに伴い暴力事件や殺人率も高止まりしている。地域によっては、麻薬組織やギャングが秩序維持に事実上関与し、自治体の統治機能が十分に働かない地域が拡大していることが報告されている。
南米のエクアドルでは、コカイン中継ルートとなっている湾岸都市を中心に暴力の常態化が進み、住民の安全が脅かされている。都市部では武装グループによる凶悪犯罪が頻発し、学校や病院など公共施設へのアクセスさえ困難な状況だ。UNODCは、治安悪化が単なる犯罪増加にとどまらず、社会・経済的格差や教育機会の不足、司法制度の弱体化と複合的に結び付いていると指摘する。
隣国コロンビアでは、政府と左翼武装ゲリラとの和平合意によって内戦は終結したものの、その過程で生じた権力の空白に麻薬カルテルや武装犯罪組織が入り込み、治安悪化の要因となっている。国際危機グループ(ICG)は、軍事作戦や一時的な治安強化だけでは根本解決に至らず、司法制度の再整備や行政サービスの回復を含む統治機能の立て直しが不可欠だと指摘している。
また、ブラジルの大都市の貧民街(ファベーラ)では、麻薬組織が行政に代わって地域の秩序維持を担う事例もあり、組織犯罪が社会インフラの一部として機能している状況が確認されている。こうした構造的問題は、貧困、教育格差、司法制度の脆弱(ぜいじゃく)性と密接に結び付いているのが現状だ。
国家の統治機能が揺らぐ中、中米エルサルバドルの事例が注目を集めている。同国政府は強硬な治安掃討作戦を展開し、殺人率を劇的に低下させた。人権団体からの批判はあるものの、暴力に晒(さら)されてきた現地の市民や一部の保守層からは、この「エルサルバドル・モデル」が熱烈な支持を得ている。治安改善には法の支配や社会制度の構築が不可欠だが、まずは圧倒的な力による秩序の回復を求めるという現地の切実な声が、中南米の世論を揺り動かしてきたのも事実だ。
これら中南米の治安問題は、移民の増加や国際的な薬物流通を通じて、米国や欧州、そして日本を含む国際社会の安全保障を揺るがす構造的課題となっている。特に、トランプ米政権は、国家指導者自らが犯罪組織と結託する「ナルコステート(麻薬国家)」の存在を強調、国際秩序に対する公然たる挑戦だと批判してきた。
こうした中、米国は今月3日、ベネズエラでマドゥロ大統領夫妻をナルコテロ容疑で拘束する軍事作戦を敢行した。米司法当局は、夫妻を連邦裁判所で起訴する手続きを進める方針だ。この介入は、主権国家の元首を犯罪容疑で拘束するという前例のない強制力の行使として注目される。
米軍介入は、マドゥロ氏の容疑が事実であれば、国際的な薬物流通への一定の圧力となる可能性が高い。トランプ政権による、フェンタニルやコカインなど米国に流入する麻薬の供給源の撲滅に軍事力の行使も辞さないというメッセージは、各地の麻薬犯罪組織にもはっきりと伝わったはずだ。
ただし、軍事行動は一時的な抑止につながるが、地域の主権や民主的プロセスを尊重する視点から慎重な対応を求める声も根強い。米国が中南米で受け入れられるためには、軍事介入による政権排除だけでなく、その後の民主化支援、治安・司法制度の強化、社会経済的支援を含む包括的かつ長期的な戦略が不可欠とされている。
中南米の安定は、西半球の安全保障の要だ。米国が主導する秩序回復の試みが、法の支配を地域全体に再浸透させる端緒となるのか。その行方が注視される。






