
南米ブラジルで来年10月に予定されている大統領選挙は、地域全体で進む「保守化」の波と、中国の影響力拡大を巡る重要な選挙となる。現職の左派ルラ大統領が再選を果たせば、中国との協力関係や新興・途上国「グローバルサウス」との連携がさらに強まり、南米における中国の存在感は揺るぎないものになり得る。一方、右派のフラビオ・ボルソナロ上院議員、あるいは穏健右派のタルシジオ・サンパウロ州知事が政権を握れば、南米は再び親米・市場重視へ傾き、中国の影響力浸透に一定の歯止めがかかりそうだ。(サンパウロ綾村 悟)
南米では今、明確な保守化の波が起きている。2023年には「アルゼンチンのトランプ」と称される右派ミレイ大統領が就任し、破綻状態の経済を市場改革で立て直した。25年にはエクアドルで親米右派ノボア大統領が治安強化を掲げて再選され、24年にはパナマでも右派ムリノ氏が当選していた。さらに今年10月のボリビア大統領選挙では、長年続いた反米左派政権への不満が爆発し、中道のパス氏が勝利した。今月のチリ大統領選でも、不法移民排斥を訴える右派カスト氏が優勢とされる。
こうした“ドミノ現象”の背景には、左派政権下で深刻化した治安悪化や経済低迷に加え、麻薬カルテルの跳梁(ちょうりょう)と移民流入への国民的反発がある。さらに、汚職スキャンダルの続発で左派政党への信頼が揺らいだことも保守回帰の土壌となった。南米最大の大国ブラジルは、左派の「最後の砦(とりで)」ともいわれ、同国の針路は地域全体の政治地図を左右するとみられる。
00年代の左派政権ブームでは、南米に中国資本が急速に浸透した。中国の巨大経済圏構想「一帯一路」は中南米21カ国に広がり、港湾や鉄道などの戦略インフラへの投資が増加。ブラジルでは中国との貿易額が1500億㌦を超え、大豆・鉄鉱石など一次産品の中国向け輸出依存が深まった。
近年では中国電気自動車(EV)大手「BYD」がバイーア州に巨大工場を建設し、港湾買収や送電網の取得も進む。さらに23年には米国の制裁対象であるイラン海軍のヘリ空母「マカラン」のブラジル寄港が物議を醸し、ブラジル外交の「中国・ロシア寄り」が議論を呼んだ。
一方で、中国依存への警戒もある。農業セクターや大企業は中国市場を歓迎する一方、国際政治に敏感な都市部中間層の一部には、中国企業による港湾・通信インフラ投資が国家主権を侵食するのではないかとの懸念が根強い。
ボルソナロ前政権で外相を務めたアラウージョ氏は、「中国共産党は単なる貿易相手ではなく、全体主義を輸出している」と批判。「一帯一路は絹の道ではなく、自殺のベルトだ」と言い切り、過度な依存は国家主権の喪失につながると警鐘を鳴らす。同氏は、ブラジル保守派の中国政策に大きな影響を与えている。
現在の有力候補は、ルラ大統領(80)、フラビオ・ボルソナロ氏(44)、タルシジオ氏(50)の3人だ。ルラ氏は社会福祉拡大、環境保護、グローバルサウス外交を掲げ、親中路線を維持する見通し。高齢と健康不安が指摘されるが、直近の支持率は45%前後と安定、貧困層への社会保障拡充や最低賃金引き上げが堅固な支持層を形成している。
フラビオ氏は、「ブラジルのトランプ」こと父親のボルソナロ前大統領の指名を受けて出馬し、親米・治安強化・市場自由化を軸とした明確な保守政策を掲げる。支持率は約30%。一方、タルシジオ氏は保守だが「元インフラ相」の実務派で、投資誘致のため中国とも一定の協調を模索してきた人物である。最近は支持率が上昇しており、決選投票になればルラ氏に最も肉薄する存在とみられている。
ルラ氏が再選されれば、中国資本によるインフラ投資がさらに拡大し、港湾・鉄道網の一部が中国企業の支配下に置かれると懸念する声もある。米中対立が深まる中、ブラジルが中国寄りの立場を鮮明にすれば、南米全体の地政学的バランスにも影響が及ぶ。一方、右派が勝利すれば、ブラジルは親米・市場開放路線へ回帰し、米国との自由貿易協定(FTA)や安全保障協力が前進する可能性が高い。
南米最大の大国ブラジルの選択は、保守化の潮流が地域全体で確固たるものとなるのか、それとも保守化の波が止まり中国の影響力拡大を許すのか。来年10月の大統領選挙は、南米の未来や方向性に大きな影響を及ぼす。






