
南米の2大国ブラジルとアルゼンチンで、元首脳の疑惑を問う裁判が相次いでいる。アルゼンチンでは、汚職の罪でクリスティナ・フェルナンデス元大統領(72)の実刑が確定。ブラジルでは、右派の大物ボルソナロ前大統領に対するクーデター計画関与疑惑での裁判が始まったばかりだ。(サンパウロ綾村 悟)
ブラジルとアルゼンチンは、国土と人口、経済規模において南米で1位と2位を占める大国だ。
サッカー代表も含めてライバル意識が強い両国だが、2023年には貿易決済用の共通通貨の創設に向けて協議を行うなど親密な時期があった。
共通通貨の背景には、親中派のブラジルのカリスマ左派ルラ大統領が、南米南部共同市場(メルコスル)と中国の自由貿易協定(FTA)をもくろむ中で、米国を牽制(けんせい)しようとする思惑があったとみられている。
その後、「アルゼンチンのトランプ」こと現職の右派ミレイ大統領が23年の大統領選挙で劇的な勝利を収めたことで、ブラジルとアルゼンチンの関係は大きく変わった。ミレイ氏は、それまでの親中路線に距離を置き、ルラ大統領を「怒れる共産主義者だ」などと批判、両国の蜜月関係は終わりを告げた。
アルゼンチンは、長く続いた左派政権のポピュリズム的な経済政策により膨大な財政赤字やインフレに苦しみ経済破綻に陥っていた。それでも、フェルナンデス氏は、右派ミレイ政権の誕生後も政界の重鎮として国内左派から強い支持を得ていた。
そのフェルナンデス氏に対して、同国最高裁は今月10日、大統領在職時の07年から15年にかけて公共事業を巡る汚職で公金を横領したとして、懲役6年と生涯にわたる公職禁止を言い渡した。
高齢を理由に自宅軟禁となるが、前政権で「影の大統領」とも呼ばれていたフェルナンデス氏が表舞台から消えることは、少数与党を率いるミレイ大統領にとっては追い風だ。
一方、ブラジルでは、今年3月にクーデター計画に加わったとする疑惑へのボルソナロ被告の公判が始まった。
ボルソナロ被告への容疑は、22年10月の大統領選挙でルラ氏との決選投票に敗退した後、ルラ氏やモラエス最高裁判事を暗殺しようと計画、さらに23年1月にボルソナロ被告の支持者ら数千人が連邦議会や最高裁などの三権を襲撃した事件への関与だ。
今月9日から13日まで行われた被告人質問には、ボルソナロ被告に加えて、前政権の側近だったトレス元法相らも被告人として出廷し全国中継された。裁判の注目度は高く、ニュースやSNSはこの裁判の話題で持ち切りだ。
年内にも結審するものとみられており、有罪となればボルソナロ被告に40年以上の実刑が下される可能性もある。
ボルソナロ被告は、トランプ米大統領との親交も深く、実刑判決を受ければ保守派へのダメージは少なくない。
ただし、ハイパーインフレや深刻な財政改革に成功して追い風に乗るアルゼンチンのミレイ氏とは違い、再選を目指すブラジルのルラ氏にとってボルソナロ被告の裁判が決して追い風となるわけではない。
仮にボルソナロ被告が有罪となった場合、保守派への弾圧としてボルソナロ被告の妻でキリスト教福音派の敬虔(けいけん)な信者として知られるミシェル氏らを中心に、国内保守派の団結が強まる可能性も指摘されているからだ。
キリスト教福音派は、ブラジル社会の保守化にも影響を与えるほどの勢いで急成長し、保守派の岩盤支持層となっている。
ルラ氏は、高齢に加えてインフレや治安問題などで支持率が低迷しており、世論調査では保守系候補との間で決選投票にもつれこむ接戦が予想されている。
来年、仮にブラジルで保守政権が誕生した場合、南米2大国の保守化で中南米の保守回帰が本格化する。さらには、中南米への中国の進出にもブレーキがかかることも予測されている。





