
近年、南米に対する中国の影響力は目を見張るものがある。米国のトランプ政権が同地域で米国の存在感を強めようとする中、南米の経済大国ブラジルは、親中派のルラ大統領が外交・経済両面で中国とより強固な関係を築こうとしている。「南米大陸横断鉄道」の計画もその一つ。来年10月には大統領選挙が予定されており、保守政権返り咲きの可能性もある。(サンパウロ綾村 悟)
ルラ大統領は今月10日から14日の日程で中国を公式訪問し、習近平国家主席と会談した。両国は貿易や通貨スワップなど各方面の連携強化に合意、トランプ政権の関税政策を念頭に、保護主義への懸念にも言及した。
中国から引き出した投資は総額270億㌦(約3兆8000億円)にも及ぶ。さらに、ロシアとウクライナの戦争の早期集結に向けた対話への協力を両国が進めることでも合意した。

特に注目を集めたのは、両政府が、太平洋岸のブラジルの主要港湾都市イリェウス市とペルーのチャンカイ湾を結ぶ、「南米大陸横断鉄道(正式名、大洋間中央鉄道回廊・CFBC)」の共同建設に向けた協議に合意したことだ。
全長5000㌔にも及ぶ壮大な計画で、実現すれば南米とアジアを結ぶ流通革命にも相当する事業だ。世界有数の食料生産力とレアメタル(希少金属)、原油などの資源を持つ南米の位置付けが大きく変わる可能性もある。
これまでパナマ運河を利用していた南米の太平洋岸からの輸送が鉄道に変わり、10日から20日間もの期間短縮と経費削減につながる。
すでに、中国側の関係者がブラジルを訪問して協議や視察を進めているが、中国側は当初、アマゾン熱帯雨林内を開発する案を希望していたとされる。しかし、環境保護を重視するルラ政権の強い意向があり、迂回(うかい)するルートに決まった。
計画の背景には、米中の衝突が今後も予想される中で、ブラジルを含む南米から安全保障の一環として食料・資源を確保したい中国と、米中衝突に乗じて「漁夫の利」を得ようとしているブラジルの思惑が垣間見える。
ブラジルにとって中国は最大輸出国(米国は2位)だ。米中衝突を受けて小麦などの中国向け輸出が伸びており、将来的に鉄道が完成すれば、広大なブラジル中央部の開発が進むなど経済成長が期待されている。
また、中国がペルーに建設したチャンカイ港湾施設は、南米の太平洋岸で最大。超大型コンテナ船なども接岸が可能で、中国による巨大経済圏構想「一帯一路」において中南米の中核となる戦略的にも重要な港だ。米軍が「有事には軍事利用の可能性もある」と警戒するほどで、南米横断鉄道の建設は同港湾施設の価値をさらに高めるものとなる。
ブラジルへの攻勢を強める中国だが、トランプ政権も中南米への攻勢の手を緩めていない。アルゼンチンやエクアドル、エルサルバドルなどの親米保守政権は米国との関係を強化、エクアドルは米軍基地の誘致にも動き始めた。南米の新たな産油国となったガイアナやスリナムにも軍事援助を行うなど関係構築を進めている。
カリスマ政治家として知られるルラ氏だが、国内の支持率は低迷している。一方、保守派の勢いは強く、昨年の統一地方選ではボルソナロ前大統領が所属する自由党を含む保守政党が勢力を伸ばした。
保守派に根強い支持層を持つボルソナロ氏は、在任中の権力乱用などで、2030年まで公職追放となっており、大統領選挙への出馬はできない。世論調査では、大統領選挙はルラ氏優勢となっているが、ボルソナロ陣営の後押しを受けた保守派が当選した場合には、中国や米国との関係が見直される可能性もある。