
ブラジル司法関係者と米国の間で「表現の自由」を巡る論争が再燃している。ブラジル最高裁のモラエス判事が、動画共有サイトの「ランブル」に対してブラジルの保守系ジャーナリストのアカウント閉鎖と罰金の支払いを命令したことが発端だ。これに対して、トランプ大統領が所有するメディアグループが、命令は報道や表現の自由を定める米国憲法に違反していると批判、米政府によるモラエス氏への制裁も起こり得る事態となっている。(サンパウロ綾村悟)
モラエス氏は先月24日、サンパウロ大学(USP)法学部の講義で、SNSの現状を強烈に批判した。
モラエス氏は「SNSが、極右のファシストと経済至上主義者によって民主主義を崩壊させるための道具になっている、偽ニュースから民主主義を守る戦いは日々厳しくなるばかりだ」「極右勢力がデジタル・ポピュリズムで大衆を大量洗脳(ブレインウオッシュ)する手段に通じている」などと言及した。
モラエス氏は、SNS上の偽ニュース対策と規制が必要だと主張する要人の一人だ。その対象は、保守派の代表とされる「ブラジルのトランプ」ことボルソナロ前大統領の支持者に向けられることが多い。
モラエス氏は、特に2022年のブラジル大統領選挙において、一部のボルソナロ氏の支持者による投稿を「偽ニュースが社会を混乱させる」と問題視し、Ⅹ(旧ツイッター)やランブル、テレグラムなどに対して問題となっているアカウントの凍結や削除などを求めてきた。
当時、テレグラムは削除命令に応じたが、ランブルは「ブラジル司法の保守派に対する検閲行為に耐えられない」と反発、23年末にブラジルから撤退した。撤退後もブラジル国内での視聴や投稿は可能だった。
一方、22年10月にⅩを買収したイーロン・マスク氏は「言論の自由は民主主義の礎」などと主張してモラエス氏と全面衝突、同氏を「独裁者」だと非難した。
最終的に、モラエス氏が昨年8月、Ⅹに対してブラジル国内でのサービス停止と罰金の支払い命令を出した。約30日のサービス停止後、Ⅹ側は問題とされているアカウントの凍結や罰金の支払いに応じた。2000万人ものユーザーを持つブラジル市場を失うわけにはいかなかったからだ。
そのモラエス氏は、今年に入り、元司祭のブラジル人で保守系ジャーナリストとして知られるアラン・ドス・サントス氏のアカウントを閉鎖するようにランブルに命令、従わない場合にはブラジル国内での接続を停止し、罰金を科すと警告していた。
ただし、米国やブラジルの保守層に人気があるランブルは、カナダのメディア企業ではあるが、トランプ・メディア・アンド・テクノロジー・グループ(TMTG)と提携関係にあるだけでなく、「言論の自由」の擁護者として欧州各国に対する厳しい批判を行ったバンス副大統領が投資を行っている。
ランブルとTMTGは先月19日、モラエス氏の命令が主権と報道の自由などを定める米国憲法に違反しているとして、同氏をフロリダ州タンパの米連邦地方裁判所に共同提訴した。
ランブルのパブロフスキー最高経営責任者(CEO)は、「表現の自由を奪おうとする違法な命令に従うつもりはない、米国の法廷で会おう」とモラエス氏に宛てたメッセージを公開、対決する姿勢を明らかにしている。
一方のモラエス氏も引き下がる様子を見せず、同21日にはランブルのサービス停止と罰金の支払いを命令、現在、ブラジル国内ではランブルに接続することはできない。
こうした中、ランブルを巡る争いは、TMTGが「ランブルに対する法的措置は、TMTG社への攻撃と捉える」と言った企業対ブラジル司法という枠組みを超える動きを見せている。
トランプ政権は、ランブルへの接続停止命令などを米民主主義への挑戦と捉えており、下院司法委員会を通じてモラエス氏に対する制裁措置を求める動きにもなっているのが現状だ。
今後の米国内の裁判の動きによっては、モラエス氏の米裁判所への召喚や、米国内の資産の凍結といった事態にも発展しかねない状況となっており、言論の自由を巡る米国とブラジル司法の衝突の行方が注目されている。