
トランプ米大統領が、中南米に対して次々と打ち出す政策が、近年のこの地域での米国の存在感と役割を大きく変えつつある。トランプ氏就任から約2週間、すでにパナマが中国の一帯一路からの離脱方針を表明するなど、バイデン政権下で薄れていた中南米での米国の存在感を見せつけている。一方、不法移民の強制送還を巡っては、一部の国で社会構造が崩れかねないとの指摘も出ており、地域経済の成長や復興に向けた支援も必要となりそうだ。(サンパウロ綾村悟)
長年、中南米は「米国の裏庭」と呼ばれるほど米国の影響力が強い地域だった。しかし、21世紀初頭の「ピンクの潮流」とも呼ばれる中南米での左派政権の台頭と中国の経済大国化に伴う外交・経済両面での進出を受け、米国の存在感は弱まるばかりだ。
また、反米左派のベネズエラやニカラグアは、ロシアやイランと経済・軍事両面での協力関係を深めている。昨年は、イラン海軍の主力艦艇がベネズエラを訪問しただけでなく、カリブ海で原子力潜水艦を含むロシア艦隊が演習を行い米国を牽制(けんせい)した。
このような状況下で誕生したのが、「強い米国の復活」を公約に掲げて当選したトランプ米大統領だ。
先月20日に誕生したばかりのトランプ政権だが、特に目に付くのが中南米政策と外交の速さだ。
トランプ氏は先月25日、コロンビアのペトロ大統領が不法移民の強制送還方法に反対したことから最大50%の関税を課すことを発表した。この問題は、最終的にコロンビア側が折れる形で解決した。
また、中米のパナマに対しては、パナマ運河の運営に中国が介入していると批判、パナマ運河の米国返還を求めたが、パナマのムリノ大統領は主権侵害だと一蹴していた。
その後、パナマを訪問したルビオ米国務長官が今月2日にムリノ大統領と会談、ムリノ氏は中国の一帯一路からの離脱方針を発表すると同時に、米国の技術チームによるパナマ運河運営の調査を米側に提案した。
さらに、隣国のメキシコに対しては、不法移民や合成麻薬の流入問題を巡り、メキシコに25%の関税を課すことを発表している。
メキシコ側は、報復関税を課すと反発しているが、トランプ政権は、表向きには一切の妥協を見せない姿勢を貫いており、特に中国の影響が色濃く見える分野では厳しい追及を行っている。
今後、南米最大の経済規模を持つブラジルも関税賦課の対象となる可能性があり中南米諸国が情報収集と対応に追われているのが現状だ。
一方、米州開発銀行(IDB)からは、大規模な不法移民の強制送還が続いた場合、中南米・カリブ海諸国の経済に甚大な影響・被害を及ぼすことになるとの警告も出ている。
IDBの試算によると、米国で働く移民は、不法移民だけでも2800万人近くに及び、中南米・カリブ海地域に少なくとも年間1600億㌦(約25兆円)を送金している。
ニカラグアやホンジュラス、エルサルバドル、ハイチ、グアテマラなど経済規模の小さな国は、国内総生産(GDP)の4分の1から5分の1近くを米国で合法・非合法的に働く国民からの送金(仕送り)に依存している。移民の強制送還が続けば経済や社会に大きな影響を及ぼす可能性があるのは間違いない。
移民による送金のほとんどは、貯蓄ではなく、地元の家族の生活費や教育・医療費に使用されることが多く、地域経済に欠かせないものだ。
それだけに、不法移民の強制送還や強硬的にも見えるトランプ外交が続いて社会不安や米国批判の動きが強まった場合、そうした国々に、投資や財政・社会支援などの形で中国の影が忍び寄るのではないかという懸念も出ている。
地域経済の成長や復興、産業の育成に向けた何らかの支援を米国が中南米に提供することも含めて、米国の影響力や存在感の回復に向けた取り組みも必要とされている。