米大統領選挙で、共和党のトランプ前大統領が大勝した。トランプ氏勝利の余波はブラジルにも大きな影響を与えるとみられ、環境問題などで米民主党政権と良好な関係を築き、ハリス副大統領への支持を公言していた現職の左派ルラ大統領は、外交を含む多くの対米戦略で見直しを迫られそうだ。保守派のボルソナロ前大統領は再選に意欲を見せており、米国発の保守台頭が加速することも予想されている。(サンパウロ綾村 悟)
トランプ氏は再選確定後、ロシアのウクライナ侵攻を巡ってロシアやウクライナと協議を始めるなど、強い存在感を示している。1期目でも示されたリーダーシップが今後も続くことが予想され、外交・経済戦略の見直しを求められている国も少なくない。
その一つが、国内総生産(GDP)世界9位で南米の盟主とも言われるブラジルだ。現職のルラ大統領は、労組出身の左派カリスマ政治家。2003年から10年までの第1次政権では高い支持率を誇った。
外交面でも、ロシアや中国と新興国グループ「BRICS」を創設。21世紀の初頭に南米で多くの左派政権が誕生した「ピンクの潮流」の中では、強いリーダーシップを発揮した。ブラジル左派のアイコン的な存在だ。
退陣後の18年に収賄罪で実刑判決を受けて収監されたが、21年に有罪判決を取り消されると22年の大統領選に出馬。「ブラジルのトランプ」と呼ばれるボルソナロ前大統領との激戦の末、僅差で当選を果たした。
ルラ氏就任後、国営メディアにはLGBTQ、特にトランスジェンダーへの理解増進を促すような記事が掲載されるようになった。ボルソナロ政権時には、労働党政権下で公教育向けに推進されていたジェンダー教育は中止されていた。
こうした中で行われた米大統領選挙。ルラ大統領は、ハリス氏への支持を明確にしただけでなく、トランプ氏が当選すれば「姿を変えた全体主義やナチズムを生み出しかねない」と警告した。ルラ氏の発言に関しては、ブラジル国内でも「次期米大統領を全体主義者だと決め付けた発言は重い」など多くの批判が集まっている。
ルラ政権はトランプ政権への対応に苦慮することが予想される。親中派のルラ氏は、外交や経済など多方面で中国に深く傾倒している。また、パレスチナ自治区ガザでのイスラエルによる戦闘行為でも米国を厳しく批判しており、環境問題などを通じてバイデン政権と築き上げた米国との良好な関係も崩れかねない。
ルラ政権の主な政策の一つはアマゾン熱帯雨林の保護だが、資金面をはじめとする米国の支援は欠かせない。
ルラ氏が難題を抱えるのに対してボルソナロ氏は、トランプ氏の再選を受けて勢いを増している。
現在、ボルソナロ氏は在任中の権力乱用などを罪に問われ、30年まで被選挙権が停止されている。さらに、昨年1月の議会襲撃事件などに関与した疑いで当局の捜査対象となっている。
それにもかかわらず、ボルソナロ氏は7日、再来年の10月に予定されているブラジル大統領選への出馬を目指す意向を明らかにした。
トランプ氏とボルソナロ氏は、家族ぐるみの深い親交を持つ。トランプ陣営が開催したフロリダ州の決起集会にボルソナロ氏が自ら出席して応援演説を行ったほか、ブラジルでのボルソナロ氏の支持集会にもトランプ陣営の関係者が出席している。
左派政権下にあるブラジルだが、キリスト教福音派が急成長する中で社会の保守化が進んでいる。トランプ氏が、当選後に未成年者への性転換手術を禁止する意向を表明した際、SNS上には、ブラジルの保守派による称賛の声があふれ返った。
ブラジルの保守陣営は、10月に行われた統一地方選でも躍進した。今年で79歳になるルラ氏は、次期大統領選には出馬しないことを表明してきたが、最近は「極右が台頭した場合には出馬もあり得る」と言明、トランプ氏再選による保守運動の台頭を懸念している。