今年に入り、中南米でデング熱の歴史的大流行が発生、一部の地域で緊急事態宣言を発令する事態となっている。特に、ブラジルで記録的な数の感染者が出ており、5月までに510万人が感染した。蚊が媒介するデングウイルスによる感染症は、季節の変化などにより、今後はカリブ海諸国や北米地域への感染拡大が懸念されている。(サンパウロ綾村 悟)
汎(はん)米保健機構(PAHO)は24日、感染症に関する警報として、今年初めから南米で猛威を振るってきたデング熱が、これから夏に向かうカリブ海諸国や中米、メキシコなどで流行する可能性が高いとして、各国の保健当局に医療機関の準備など対応を呼び掛けた。
デング熱は、熱帯と亜熱帯地方を中心に見られる蚊を媒介とした感染症の一つ。デングウイルスに感染したネッタイシマカとヒトスジシマカに刺されることで人に感染し、発症した場合には突然の高熱や頭痛、関節痛などの激しい痛みが症状として表れる。
発症から1週間ほどで症状は緩和するが、まれに重症化することがあり、劇症化すれば死に至ることもある。
PAHOによると、今年初めから5月中旬までに中南米で約810万人が感染、3600人が死亡した。3月末の時点での感染者数は350万人だった。過去最高のデング熱流行を記録した昨年の米州全体の感染例が約450万人だったので、5カ月強で810万人を記録した今年の流行がどれほどの規模か想像できる。
特に感染が拡大していたのがブラジルで、5月までに510万人が感染、確認された死者だけで2700人以上に上っている。首都ブラジリアでは、医療機関が逼迫(ひっぱく)し仮設病院が用意された。
デング熱に特効薬は存在せず、症状を緩和したり重症化を防ぐ対症療法が中心となる。初期症状が風邪やインフルエンザなどに似ていることから、早期発見につながるデング熱の初期症状に関する教育に加え、重症化を防ぐための定期的な検査が欠かせない。
世界保健機関(WHO)は昨年1月、デング熱が世界最速で拡大している熱帯病だとし、世界的大流行(パンデミック)の恐れもあると警告した。20年前に比べて10倍以上の感染者が確認されており、近年は、温暖化やエルニーニョ現象の長期化などを含む気候変動、過去にない人口移動などを受けて、感染例がなかった国や地域でも感染者が次々と発見されている。
WHOのラマン・ベラユダン博士は、世界人口のほぼ半分がデング熱感染のリスクにさらされていると警告する。
長い間、特効薬やワクチンが存在せず、感染を防ぐ術(すべ)も限られていたデング熱だが、世界で最もデング熱の感染者を出しているブラジルでは、重症化しやすい子供を中心に、日本の武田薬品が10年の歳月をかけて開発したデング熱ワクチン「QDENGA」の予防接種を進めている。副作用の少なさと重症化を防ぐ有効性で高い評価を受けており、WHOも子供への接種を推奨している数少ないデングウイルス対応ワクチンの一つだ。
さらに、デング熱の感染抑制に関しても、新たな試みが進められている。これまでの予防策は、感染地域への殺虫剤散布や虫除(よ)けスプレーの使用推奨など効果が限られていた。
こうした中、デングウイルスそのものを抑えようという試みも行われている。ブラジルのリオデジャネイロでは、4月からボルバキアという菌に感染させた蚊を大量に放っている。ボルバキア菌に感染した蚊の体内では、デングウイルスが増殖することができない。
インドネシアのジョクジャカルタで2021年に行われた実験では、人への感染が77%減少、リオデジャネイロでも大きな期待が寄せられている。
近年、日本でもデング熱の国内感染が確認されている。日本感染症研究所は、地球温暖化やグローバル化の影響から、本来は熱帯や亜熱帯に生息しデングウイルスを媒介するネッタイシマカが、日本に定着する可能性は否定できないと説明する。熱帯病は南米や東南アジア、インドだけのものでなくなりつつある。