南米エクアドルが急激な凶悪犯罪の増加に伴う治安悪化に苦しんでいる。主な原因となっているのは、隣国のコロンビアやペルーから流れ込んでくるコカインとその密売を手掛ける犯罪組織による暴力だ。昨年8月には組織犯罪対策を公約としていた大統領候補までもが選挙運動中に暗殺された。コカイン密売の監視活動を担っていた米軍基地の撤退に端を発した凶悪犯罪の増加は、治安維持に国軍を投入せざるを得ない事態へと発展している。(サンパウロ綾村悟)
南米大陸の北西沿岸部に位置するエクアドルは、北のコロンビアと南のペルーに国境を接している。
北の国境を接するコロンビアは、世界最大のコカインの生産・輸出国だ。世界で流通するコカインの97%は、コロンビアとペルー、ボリビアの南米3カ国で生産されており、コロンビアとペルーだけで全生産量の8割以上を占める。
コロンビアでは2022年、コカの葉(コカインの原料)の作付面積が、東京都の全面積(約21万9千ヘクタール)を超える、過去最大の23万ヘクタールにも達した。
作付面積から予想されるコカイン生産量は約1700㌧。日本の末端価格(1㌘2万円)で計算すると、実に34兆円分にも相当するコカインが、犯罪組織によって世界各地への流通が試みられている。
当然のことながら、コカインの生産・取引には犯罪組織(過去には左翼武装ゲリラも)が深く関わっており、コロンビアとペルー両国は、長年にわたって麻薬取引に関する殺人や脅迫、誘拐などの凶悪犯罪に悩まされてきた。
一方、この両国に囲まれたエクアドルは、近年まで凶悪犯罪の発生率は低く、国連薬物犯罪事務所(UNDOC)の統計によると、2018年の時点では、10万人当たりの殺人発生率は5・4人と世界51位だった。
ところが、19年ごろを境にコロンビアやペルーから大量のコカインが国境を越えてエクアドルに入り込むと、犯罪組織が絡んだ凶悪犯罪が急増、22年には10万人当たりで27人と凶悪犯罪が5倍にも跳ね上がった。最新の統計では、世界最悪のジャマイカにも並びかねない勢いだ。
エクアドルに大量のコカインが入り込むようになった原因の一つは、09年の米軍基地撤退だ。
エクアドル中西部の港湾都市マンタの「マンタ空軍基地」には、1999年から米南方軍が駐留していた。同基地では米軍が複数の早期警戒機を運用、空と海のコカイン密売ルートを厳重に監視していた。コカインの生産地ではないこともエクアドルの治安悪化を防いでいた。
ところが、2007年に反米左派のコレア政権が誕生すると、憲法制定議会を用いて米軍基地の非合法化を可決し、09年には米軍基地がエクアドルから撤退した。
米軍の撤退後、エクアドルは、コロンビアやペルーから欧米などに麻薬を密輸する中継地として犯罪組織に注目され、大量のコカインが流れ込み始めた。
特に、米軍基地があった港湾都市のマンタや、グアヤキルは、太平洋に面する密輸拠点として犯罪組織が乱立、犯罪組織間の抗争に市民が巻き込まれる事件も増加した。昨年7月にはマンタ市長が暗殺されるなど、治安悪化に歯止めがかからない状況だ。
さらに、昨年8月には首都キト郊外で、犯罪組織を厳しく批判していた大統領候補が暗殺される事件が発生、ラソ大統領(当時)は非常事態宣言を発令した。
治安は今年1月に入ってからさらに悪化、刑務所の暴動が国内各地で発生した他、警察官が拉致される事件も続いた。さらにグアヤキルでは、公共テレビ局での生放送中に武装集団が侵入してスタジオを占拠する事件も発生、現職右派のノボア大統領が、犯罪組織を「テロ指定」して宣戦布告を行う事態にまで発展した。
こうした中、4月21日には、国軍に警察行為への関与を認めることなどの可否を問う国民投票が実施され、賛成多数で可決された。国軍を動員する厳しい取り締まりによる治安改善が期待されるが、2万人とも言われる犯罪組織の反発による混乱も予想される。
エクアドルは現在、コカイン密輸の重要拠点となっている。その密輸先には、日本も含まれており、20年にはエクアドルから到着したコンテナから700㌔(末端価格140億円)を超えるコカインも摘発された。エクアドルの動静は、日本にとっても無関係ではない。