南米ベネズエラで7月28日に大統領選挙が実施される。権力維持を図る現職の反米左派ニコラス・マドゥロ大統領が3選を目指しており、司法まで巻き込んだ野党候補への妨害行為など民主選挙とは懸け離れた姿勢が目につく。ロシア・中国との関係を深める現政権は、米国による経済制裁や周辺国からの批判、国内世論の反発も意に介さない強権政治を続けようとしている。(サンパウロ綾村 悟)
南米有数の産油国として知られるベネズエラは、石油輸出国機構(OPEC)の創設メンバーだ。1980年代には「南米のサウジアラビア」と呼ばれるほどの富に恵まれたが、政治腐敗が貧富の差や貧困拡大を生み、99年に貧困層の支持を得た反米左派の故ウゴ・チャベス大統領が政権に就いた。
チャベス氏は、外交でキューバをはじめとする中南米の左派政権と親交を深める一方、内政では、「21世紀型の社会主義」実現を推し進め、制憲議会や秘密警察を通じて集権化と反大統領派の弾圧を進めた。
現職のマドゥロ大統領(61)は、チャベス前大統領の後継者だ。反米左派と社会主義的政策を受け継ぎ、左派政権を継続させた。
ベネズエラ大統領の任期は6年、マドゥロ大統領が3選されれば、実に30年を超えて南米最長の反米左派政権が続くことになる。
近年のベネズエラは、経済・軍事両面でロシアや中国、イランとの関係も強化しており、ロシア海軍とベネズエラ海軍がベネズエラ沖で演習を行うなど、米国に対抗する国々の南米における橋頭堡(きょうとうほ)的な存在ともなっている。
一方、チャベス、マドゥロ両政権が続けてきた独裁・強権政治に対する反発は、ベネズエラ国内にも根強い。自由民主主義を重視する政権の誕生を求める声は以前から上がっていた。
今回の選挙は、昨年10月にカリブ海のバルバドスで行われた与野党協議を受けて行われるものだ。米国によるベネズエラの現政権に対する各種制裁を緩和する条件などを引き換えに、今年後半に公正な民主選挙を実施することに合意した。
この合意を受けて、ベネズエラの野党勢力は昨年10月に大統領選統一候補を決める予備選を行い、マリア・コリナ・マチャド元国会議員(56)が、93%の圧倒的な得票で選出された。マドゥロ政権を厳しく批判する姿勢から「鉄の女」とも呼ばれるマチャド氏の擁立は、行政・司法の実権を握り、軍部を掌握する絶対的権力のマドゥロ政権に野党陣営が対抗するために欠かせない人選だった。
ところが、今年1月に現政権寄りの最高裁が、マチャド氏の大統領選出馬を実質的に禁止する判決を下した。また、先月には、マチャド氏の側近が当局によって次々に逮捕されただけでなく、マチャド氏の代替候補が選管によって受け付けられない事態が発生するなど、バルバドスでの合意を反故(ほご)にするような選挙妨害が続いている。
こうした動きに、周辺国からも懸念の声が上がっている。コロンビアのドゥケ元大統領は今年1月、中南米の元大統領29人による声明文をⅩ(旧ツイッター)に公開し、自由で公正な大統領選挙が行われるように求めた。
また、アルゼンチンの右派ミレイ大統領も、マドゥロ政権による選挙妨害を批判、政治家が迫害される状況に懸念を表している。
ベネズエラの首都カラカスにあるアルゼンチン大使館は、野党指導者を招いて同国の政治状況に対する協議の場を設けたところ、3月25日になって大使館への電力供給を止められる事態になったと説明、ベネズエラ政府に再発防止を強く求めた。現在、同大使館には、ベネズエラ当局による逮捕を恐れて保護を求めてきた野党関係者も滞在しているという。
さまざまな選挙妨害が続く中、マドゥロ大統領の3選は既定路線となりつつある。公正な選挙とは言えない大統領選に対して、選挙自体を無効として野党側が欧米や中南米の保守政権を味方に付けて対抗手段を打ち出す可能性もある。