
近年、よく目にする略語の一つに「SDGs(持続可能な開発目標)」がある。ブラジルもSDGsの実現に向け、アマゾン熱帯雨林の環境保護と地域経済の両立に向けた動きを進めているが、新たな開発や利権を求める動きが根強いのも実情だ。(サンパウロ・綾村 悟)
今年1月に就任したブラジルのルラ大統領は、「アマゾン熱帯雨林の保護」を主要公約の一つに掲げている。就任前の昨年11月には、エジプトで開催された国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)で、「2030年までにアマゾン熱帯雨林の森林減少を実質的にゼロにする」と宣言した。
現政権の注目人事になった環境・気候変動担当大臣には、環境保護活動家として世界的な知名度があるマリナ・シルバ氏(65)が指名された。同氏は、環境保護や政治改革に関心があるブラジルの若者や知識層に強い支持層を持ち、ブラジル大統領選挙に出馬したこともある女性だ。

ルラ政権が目標としているのは、SDGsの実現だ。シルバ氏は、ブラジルにおける「持続可能な開発」を提唱したさきがけとして知られ、04年に発足した第1次ルラ政権では、環境相としてアマゾン熱帯雨林保護や温室効果ガスの削減を目的とした「アマゾン基金」の創設に尽力した。
ルラ大統領は、ボルソナロ前政権下で停止していたアマゾン基金を復活させると、ドイツやノルウェー、英国から支援を獲得し、関連省庁の予算や人材を強化すると同時に、違法伐採の取り締まりや違法鉱山の摘発などを次々に行った。
長期的には、植林の推進やより環境に優しい作物への切り替えなどを通じて、アマゾン地域に生活圏を持つ数千万人の経済を支えながら環境保護も進めたい考えだ。
対策の効果はすでに数字に出ている。環境・気候変動省は今月5日、アマゾン熱帯雨林における8月の森林消失量が前年同月比で66%減少したと発表した。ブラジルの8月は乾期に当たり、通常であれば「焼き畑」を目的とした森林火災や違法伐採が最も増える時期だ。
また、今年1~8月の8カ月間でも、森林消失量が前年同期比で48%減少。シルバ氏は「(環境破壊に対する)われわれの勝利だ」と成果を強調した。
世界最大のアマゾン熱帯雨林は、膨大な二酸化炭素を森林内に蓄積しており、地域の気候変動抑制に欠かせない存在だ。だが、世界自然保護基金(WWF)は昨年10月、同熱帯雨林が森林としての機能を維持できずに「サバンナ(草地)化」する限界点に近づいていると警告した。地中に蓄えられた膨大な量の二酸化炭素が放出され、地域の気候に多大な影響を与えるというものだ。
ルラ政権が成果を強調する一方で、アマゾン熱帯雨林以外の地域に開発業者らが進出している現実もある。
ブラジルの中央部を横断する「セラード」と呼ばれる広大なサバンナ地帯では、1~8月の間に、昨年比で16%の原生植物生息地が破壊された。豊富な地下水を蓄える同地域では近年、大豆生産が急拡大している。
21年には、セラードで青森県の面積(9645平方㌔)を超える1万平方㌔以上の原生植物生息地が破壊された。欧州連合(EU)の加盟各国は、環境破壊に関連した農産物や材木などの輸入を禁止しているが、セラードは対象地域となっていない。「抜け道」を利用した、当局と開発業者のいたちごっこだ。
また、世界的な原油価格の高騰は、アマゾン地域の原油生産拡大を求める声にもつながっている。同熱帯雨林内とアマゾン川河口の海底には、ブラジルを世界有数の原油生産国に押し上げるだけの膨大な原油埋蔵量があり、与党・労働党(PT)内にも開発を求める声が上がっている。
現在、シルバ環境・気候変動担当相が、これらの地域での新たな油田の開発や試掘などに頑迷に反対している。シルバ氏は第1次ルラ政権時代に、労働党政権内の開発推進を求める声に押されて環境相を辞任させられた経緯があり、政権内での孤立を憂慮する声も上がり始めている。