
カリブ海・中南米地域の最貧国ハイチが危機に陥っている。人口1100万人のうち、約半数が急性飢餓状態にある。また、政情不安と汚職がはこびる中で凶悪犯罪も増え、治安悪化に対抗する市民の自警団がギャング構成員を殺害する事件まで起きている。ハイチ社会の崩壊は、国境を超えて広がる可能性も憂慮されており、国際社会の支援が急務となっている。(サンパウロ・綾村 悟)
カリブ海の島国ハイチは、今でこそ極度の政情不安や貧困、暴力に苦しむ国だが、1804年にフランスに対して黒人反乱軍が起こした「ハイチ革命」では、世界初の黒人による共和国、かつラテンアメリカ初の独立国を実現させた輝かしい歴史を持つ。
一方で、第2次世界大戦以降のハイチは、軍事独裁やクーデターが続き秩序が乱れた。特に、2004年に勃発した政府軍とハイチ解放再建革命戦線による内戦で国際社会の支援が必要になり、国連のハイチ安定化ミッションによる平和維持活動(PKO)が展開された。

PKOの下で治安回復と民主化推進に向けた支援活動が行われ、06年2月には大統領選挙が実施されるまで政情が回復。民主化選挙でプレバル政権が誕生している。
国際社会の支援下で復興を目指していたハイチを襲ったのが、10年1月の大地震だ。首都ポルトープランス近くを震源とする地震は、マグニチュード(M)7・0を記録。社会基盤の脆弱(ぜいじゃく)さなども加わって20世紀以降の地震災害としては世界最多の31万人を超える死者を出した。
さらに同年10月、地震の爪痕が大きく残るハイチを大型ハリケーンが襲い、洪水などで多くの死者を出した。衛生環境が悪化する中でコレラも流行し、1万人近くが命を落とした。地震と洪水により、インフラが壊滅的被害を受けた。
ハイチは世界各国から復興支援を受けたが、17年のハイチ安定化ミッション終了と共に政情や治安が悪化。特に近年はギャング組織による凶悪犯罪の増加と飢餓に苦しんでいる。
ポルトープランスでは、対立するギャング組織同士の抗争が絶えず、身代金を目的とした拉致も横行している。21年にはギャング組織が米国人宣教師ら17人を拉致し、身代金1700万㌦の支払いを要求した。
首都の広域をギャングが実質的に支配するなど、治安悪化にたまりかねた住民が自警団を結成し、ギャング組織構成員を私刑にかけて殺害するケースも発生している。先月だけで150人以上のギャングが自警団によって殺害されたという。
また、政情も不安定だ。汚職はギャング組織と与野党を含む政財界の癒着までも疑われるほどだ。21年7月には、当時のモイーズ大統領が、首都の私邸で外国人の傭兵(ようへい)に暗殺される事件が発生したが、この事件ではアンリ首相も重要参考人とされた。
さらに、食糧危機も深刻な状況となっている。ウクライナ戦争の影響もあり、ハイチのインフレ率は今年3月に47%を記録。穀物の70%を輸入に頼る中で、国連や国際赤十字による緊急支援物資が不可欠だ。
国連世界食糧計画(WFP)によると、人口1100万人のうち約半分に相当する490万人が急性飢餓状態にある。5年連続で経済が縮小する中、国民の8割が貧困状態にあるというのだ。
ハイチ政府と国連のグテレス事務総長は昨年10月、人道危機に対処するため、国際社会に国際部隊の即時派遣を要請した。だが、米国やカナダなどは、部隊を派遣する形での介入には消極的な姿勢を示している。
ハイチの情勢悪化が他のカリブ海・中米諸国に波及することも憂慮されており、国際社会からの救援や援助が不可欠な情勢だ。