
昨年6月のコロンビア大統領選挙で、グスタボ・ペトロ元ボゴタ市長(62)が当選し、同国初の左派大統領が誕生した。元左翼ゲリラのメンバーだったペトロ氏が掲げた公約の一つが、左翼武装ゲリラ「民族解放軍」(ELN)との和平交渉を含む「完全な平和」への道筋を付けることだ。ただ、左翼ゲリラ側は和平交渉のテーブルに着く一方で、過激なゲリラ活動を続けており、先行きに暗雲が立ち込めている。(サンパウロ・綾村 悟)
南米コロンビアでは、1960年代から半世紀以上にわたって二大左翼ゲリラと政府軍による内戦が続いてきた。犠牲者は一般市民を含めて約26万人ともいわれる。2000年代初めには、国土の3分の1が左翼ゲリラの支配下に置かれる事態となった。左翼ゲリラは麻薬ビジネスや要人誘拐を資金源とし、大統領候補までもが拉致・誘拐されてきた。
その後、強硬派の右派ウリベ大統領が02年に就任すると、徹底したゲリラ掃討作戦を展開し、ゲリラの勢力が大きく削(そ)がれた。南半球最大のゲリラ組織といわれた「コロンビア革命軍」(FARC)の武装構成員は、ウリベ政権下で2万人から6千人にまで減少した。
ウリベ氏の後継者として期待されたサントス元大統領が、16年にFARCとの和平合意に成功したのは、ゲリラ弱体化が背景にある。
一方、ウリベ氏からドゥケ前大統領まで20年間続いた保守政権では、治安対策が経済成長に寄与したが、政治腐敗と新型コロナウイルス禍で広がる格差に対する有権者の不満が左派政権の誕生につながった。
左翼ゲリラ「M19」の元メンバーだったペトロ大統領は、コロンビアで現在、最大勢力を有するELNとの和平交渉を含む「完全な平和」の実現を目指している。
昨年8月に就任したペトロ氏は、同11月に「完全な平和法」を成立させた。和平・対話交渉中の武装・犯罪組織の幹部に対する逮捕状を停止するなど、和平政策を最優先の国家政策に位置付けたのだ。
コロンビア政府は現在、ノルウェー政府や国際赤十字などを仲介役として25の左翼ゲリラ、右派民兵、麻薬カルテルなどと和平・停戦交渉を行っている。これだけの数の武装・犯罪組織との交渉を行った政権はコロンビア史上初だ。
ペトロ氏は昨年末、こうした交渉の成果として、ELNを含む五つの武装勢力との間で停戦に合意したと発表した(ELN側は否定)。
こうした中、ペトロ政権が進める「完全な平和」政策に亀裂が入る事件が発生した。
北部ノルテ・デ・サンタンデル県で先月29日、国軍基地がELNに迫撃砲で攻撃され、陸軍下士官2人を含む軍関係者9人が死亡した。ベネズエラ国境に近いこの地域は、ELNの活動が活発な場所として知られる。
凶悪なテロ攻撃に対し、軍関係者は「ELNによる犯罪行為だ」と非難。和平交渉担当者も「交渉努力を台無しにした」と強く批判した。だが、ペトロ大統領は、攻撃を受けた後に「より真剣にコロンビア社会のために和平協議に取り組まねばならない」と強調した。
ELNに関しては、ドゥケ前政権が19年から和平交渉を続けていたにもかかわらず、ゲリラ側が21年に爆弾テロを起こし、政府側が交渉中断を決定した経緯がある。
現政権とELNとの和平交渉では、停戦合意が当面の交渉の目的となっているが、今回の軍基地攻撃は厳しい現実を突き付けられた形だ。
さらにコロンビア政府は先週、主要麻薬カルテルの「ガルフ・クラン」との停戦合意も破棄したばかり。「完全な平和」に向けた現状は厳しく、就任時に比べて支持率が大きく低下しているペトロ政権にとって正念場となっている。