歴史に残る激戦となった先月30日のブラジル大統領選決選投票では、左派のカリスマ、ルラ元大統領(77)が、「南米のトランプ」こと保守派の現職ボルソナロ大統領(67)を僅差で下し、12年ぶりの返り咲きを決めた。アマゾン熱帯雨林の保護を公約として国際社会の注目を集めるルラ氏だが、国内では社会保障費増大への懸念や、大統領選挙結果に不満を抱く保守派によるデモが続くなど課題も少なくない。(サンパウロ・綾村 悟)
エジプトの首都カイロで、国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)が開催されている。会議で注目を集める一人が、世界最大のアマゾン熱帯雨林を抱えるブラジルのルラ次期大統領だ。
ブラジルは今回、アラブ首長国連邦に次ぐ総勢574人もの代表団を派遣。その中には、次期環境相候補として名前が挙がるマリナ・シルバ下院議員も含まれている。シルバ議員は、環境保護活動家として世界的にも知名度が高い女性。環境相は、次期内閣で注目されるポストの一つだ。
ルラ氏は、大統領選挙時の公約として、アマゾン熱帯雨林の消失量を「実質的」にゼロにすると宣言。ルラ氏の当選を受けて、すでにドイツやノルウェーが「アマゾンファンド」への資金提供再開を約束している。
15日にカイロ入りしたルラ氏は、環境保護にブラジル政府が前向きに取り組むことを約束、アマゾン熱帯雨林保護に向けて外部からの提案を受け入れる姿勢も見せた。また、世界的な熱帯雨林保護に向けて、インドネシアなどと連帯を組み、各国からの資金援助を受け入れることも視野に入れている。
ボルソナロ政権下では、経済成長を優先するあまり、違法伐採や資源開発による森林破壊が進んだと批判された。一方、アマゾン熱帯雨林地域には約2500万人が居住しており、持続可能な開発の必要性はルラ次期政権も認めている。
政権発足を前に、一足早く国際社会での存在感を示したルラ氏だが、国内に目を向ければ、「第2次ルラ政権」の前途には厳しい現実も待ち構えている。
再選を逃したボルソナロ氏だが、大統領選挙史上3位の約5800万票を獲得し、ルラ氏が終始優勢とされた選挙で想像を超える有権者からの支持と支持基盤の強さを見せつけた。
また、ボルソナロ氏が所属する自由党(PL)は、大統領選挙と同時に行われた国会議員選挙で躍進し、上下院共に第1党に躍り出た。自由党はボルソナロ氏を名誉総裁にするほか、2026年の大統領選挙で擁立する意向も明らかにしている。ボルソナロ氏は、首都ブラジリアで政治活動を続けることになっており、野党保守勢力の中心として、ルラ政権の国会運営などに立ちはだかることになる。
さらに、ボルソナロ氏の支持者らによるデモは今も連日のように続いており、15日の共和制宣言記念日には、主要各都市でデモが行われた。支持者らは、大統領選挙の不正や不公平を訴えるほか、一部では国軍介入を求める声も上がっている。選挙がもたらした国民の分断を残したまま、政権交代に向かっているのが現状だ。
一方、ルラ氏は、選挙公約として貧困支援を掲げてきた。当選後にも、国会演説などで財政規律に言及することなく、大規模な財政投入による社会保障制度の実現を訴えており、経済界からは懸念の声も上がっている。
また、政権移行チームには、マンテガ元財務相ら左派・労働党に近い経済学者が多く含まれていることが嫌気され、ブラジル通貨や株価は大きく下落し始めている。経済界は、ルラ氏が当選すれば、保守的な財政運営を導入するものと期待していた。
ルラ氏は、「(投資家らは)神経質過ぎる」として市場の反応を一蹴しているが、第1次ルラ政権(04~12年)では、ブラジルが世界的な資源ブームの中で高成長に沸いていた時期でもあり、コロナ禍とウクライナ戦争の余波を受けて低成長に苦しむ現在とは状況も違う。
国際社会とボルソナロ大統領に反発してきた有権者の期待を受けて政権交代に向かうルラ氏だが、社会背景と経済を取り巻く状況は、決して順風満帆な船出とはならないことも示している。