
アマゾン熱帯雨林を含むブラジル各地で、主に違法伐採による森林消失が加速している。近年にない消失速度に専門家は危機感をあらわにしており、地域的な気候変動の恐れも指摘されている。また、先住民居住区で金の違法採掘が加速し、先住民への人権侵害が広がるなど、ブラジルの森林をめぐる現状は深刻だ。(サンパウロ・綾村 悟)
ブラジル国立宇宙研究所は5月6日、4月のアマゾン熱帯雨林の森林消失量が、前年同月比74%増の1012平方㌔㍍に達したとの報告書を発表した。2006年以降では最大の消失量で、東京23区(627平方㌔㍍)の全面積をはるかに超える森林がほんの1カ月で消失したことになる。
4月はまだ乾期に入っていないため、この数字は森林火災を伴わない、牧場や農場、鉱物資源の開発などを目的とした違法伐採によるものだ。
新型コロナウイルス禍の混乱やロシアによるウクライナ侵攻、中国による世界規模での食糧の買い集めなどで、食糧価格は高騰を続けており、アマゾン熱帯雨林を含めブラジル国内での生産拡大圧力が強くなっている。
違法伐採はアマゾン熱帯雨林だけではない。先月末には、世界有数の森林資源であるブラジル大西洋岸森林の消失速度が、昨年比で66%加速したと報じられた。大西洋岸にはサンパウロ州やミナスジェライス州など穀倉地帯があり、開発の対象になりやすい。
大西洋岸森林は知名度こそ低いが、ブラジル国内では水源確保や気候安定のために欠かせない存在だ。専門家は、これ以上の森林消失が続けば、地域的な気候変動につながりかねないと警告する。
一方、金などの資源の違法採掘も、農場や牧場開発と並ぶ森林消失の主要原因だ。
先住民「ヤノマミ族」の団体は先月27日、昨年1年で3272ヘクタールもの居住区内の森林が違法な金鉱山の開発によって破壊されたと発表した。森林破壊は、前年比で46%も増加したという。
ヤノマミ族はブラジル最大の先住民族の一つで、ブラジルとベネズエラ国境沿いのアマゾン熱帯雨林に居住する。顔に染料で装飾を施すことで知られており、ブラジル側の居住区には、2万人近くが暮らしている。
20世紀半ばまで外界との接触をほとんど持たなかったが、30年近く前に金鉱山が発見されると、違法採掘業者が流れ込んできた。特に近年は、金価格の世界的な高騰を受けて開発が加速している。
また、ボルソナロ大統領は、先住民居住区での資源開発容認派であり、ヤノマミ族居住区の森林破壊はボルソナロ政権発足の2019年を境に急激に増加したという。
ヤノマミ族の保護団体「フトゥカラ協会(HAY)」は、金鉱山開発による水銀汚染や先住民に対する暴力が年々激しくなっていると主張し、ブラジル政府に保護を求めている。
今年4月、ヤノマミ族の集落が違法採掘業者に襲われ、12歳の少女が性的暴行を受けた後に死亡した事件は衝撃を与えた。違法採掘業者に先住民が殺害される事件も増えており、フトゥカラ協会の関係者は、「違法採掘業者にヤノマミ族が滅ぼされかねない」と強い懸念を表明している。
ヤノマミ族の中には、外部文明との接触を持たない「非接触部族」も存在する。しかし、そうした人類の遺産でもある部族の存在すら、加速する開発と推定2万人以上という採掘者によって脅かされているのが現状だ。
ブラジルの森林保護をめぐっては、欧米政府や環境保護団体などがボルソナロ政権の対応を批判し、取り締まり強化を求めている。
違法伐採の取り締まりや業者の摘発は、一時的には効果を発揮する。だが、アマゾン熱帯雨林などの違法な森林開発は利権の塊となっており、地元の政治家や実業家を巻き込んで数十年にわたって続いてきた。世界的に食糧や木材、金の価格が高騰し続ける限り、法律や規制、摘発の網をかいくぐりながら利益を上げる開発業者は後を絶たないのが現実だ。