今年10月に実施されるブラジル大統領選挙で、現職の保守派ボルソナロ大統領の巻き返しが鮮明になっている。支持率3位に付けていた中道保守のモロ元法務・公安相が大統領レースから脱落し、同氏を支持していた保守派がボルソナロ氏に流れてきた。新型コロナウイルス対策やプーチン露大統領に対する姿勢が批判を集めるが、世論調査で首位を走るカリスマ左派のルラ元大統領に対抗できる唯一の保守派候補でもある。(サンパウロ・綾村 悟)
米国の人気俳優レオナルド・ディカプリオ氏が先月末、ツイッターでブラジル大統領選挙について言及し、「アマゾン熱帯雨林の保護は気候変動防止に欠かせない。若者たちの一票が地球環境を変えることができる」と訴えた。
ディカプリオ氏はこれまでも、アマゾン熱帯雨林の保護に言及し、森林保護に多額の寄付を行ってきた。今回の投稿は、環境保護に消極的なボルソナロ氏への投票を見送るよう求めたものだ。
これに対し、ボルソナロ氏もツイッターで、「ブラジルの有権者はアマゾンの主権を守るか、それとも外国の詐欺師たちに好き勝手にさせるか、自主的に決める」と対抗した。
ボルソナロ氏に対する国際的なイメージは決して良いものではない。アマゾン保護よりも経済成長や開発を優先する姿勢は、欧州各政府や環境保護団体から批判を浴びている。
また、新型コロナワクチンの否定派として知られ、「ワクチンを打てばワニになる」などの発言は有名だ。昨年9月にニューヨークで開催された国連総会では、主要国首脳の中でただ一人、ワクチン非接種で出席し、物議を醸した。現在もワクチンは接種していない。
さらに、ロシアによるウクライナ侵攻では、米政府からの反対を押し切る形で侵攻直前にロシアを訪問。プーチン大統領と会談を行い、ロシア擁護とも取られかねない立場を取った。現在は「中立」の立場を表明し、対ロシア制裁にも加わっていない。
ボルソナロ氏の訪露の目的の一つは、侵攻後の肥料の確保だったといわれている。農産物輸出大国であるブラジルは、肥料と肥料の原料の多くをロシアに頼っている。現在もロシアからはブラジル向けの肥料輸出が続いている。農業団体は岩盤支持層の一つだ。
ボルソナロ氏は、ウクライナ危機によって引き起こされた食糧不足の懸念に対して、国連世界食糧計画(WFP)にこれまでと変わらない食糧の供給を行うと約束した。
もともと、ブラジルの外交方針の基本理念は「中立」であり、ボルソナロ氏のウクライナ問題における立場は、現状では支持率に大きな影響を与えるほどではない。
一方、ボルソナロ氏は、新型コロナの流行下でもロックダウンの導入には頑迷に反対、経済を優先すべきだと主張してきた。ワクチンパスポートの導入や子供向けワクチンにも反対してきた経緯があり、ボルソナロ氏の新型コロナ対策は、批判的に受け止められがちだ。
ただ、ブラジルなど多くの国では、コロナ禍で全国民を対象とするような支援金制度はない。企業や小売店、飲食店などについても同様だ。ロックダウンや社会活動制限の長期化は国民生活に直結して貧困を招くだけに、経済活動の再開を優先するボルソナロ氏にも一定の支持があった。
ブラジルは現在、屋外と屋内双方でマスク着用義務が解除されるなど、経済・社会活動が本格的に再開している。大統領選挙の関心は、新型コロナよりも、深刻なインフレや失業率、コロナ禍で増えた貧困層への支援に向いている。
そうした中、ブラジル国内の保守派や左派ルラ政権の誕生を望まない中道の有権者にとっては、有力な保守または中道保守の「第3の候補」が見当たらない中、消極的な選択も含めてボルソナロ氏への支持が増えている。
ブラジルのフューチャー研究所が先月28日に公表した世論調査では、首位ルラ氏の支持率41%に対して、ボルソナロ氏は35%と、前回調査から8ポイントも差を縮めている。他の世論調査でも、ボルソナロ氏の追い上げが顕著になっている。