トップ国際アジア・オセアニア比当局侵す中国「超限戦」 生活苦に付け込みスパイに

比当局侵す中国「超限戦」 生活苦に付け込みスパイに

 フィリピンの国家安全保障を揺るがす「内側からの浸透」が露呈した。フィリピン当局は3月、国防省、海軍、沿岸警備隊に所属する職員3人をスパイ容疑で逮捕した。彼らが手にしていたのは武器ではなく、日常に溶け込んだスマートフォンと、そこに隠された「テトリス」のアプリだった。(マニラ福島純一

フィリピンの補給船(左)に放水銃を使用する中国海警局の船舶=2023年12月、南シナ海上(フィリピン沿岸警備隊提供)(AFP時事)
フィリピンの補給船(左)に放水銃を使用する中国海警局の船舶=2023年12月、南シナ海上(フィリピン沿岸警備隊提供)(AFP時事)

 今回の事件は、中国が推し進める「超限戦」の実態を浮き彫りにした。超限戦とは、軍事と非軍事の境界を撤廃し、経済、心理、技術などあらゆる手段を「武器」として動員する戦略だ。

 逮捕された職員が提供していた情報には、南シナ海における補給任務のスケジュールが含まれていた。これらは、中国海警局の放水銃などによる激しい妨害活動に直結していた可能性が高い。実際、補給船が攻撃を受け、複数の沿岸警備隊員が負傷した事案が発生している。

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 中国側の工作は、極めて慎重かつ心理的隙を突くものだった。当初、工作員はシンクタンク職員などを装い、求人サイトを通じて「研究員」や「アナリスト」の募集として接触を図った。

 「専門性を生かした副業」という名目で、分析リポートなどを要請し、正当な対価を装って報酬を支払う。これは、政府職員の低い給与水準を冷徹に利用した「兵糧攻め」の戦術だ。

 関係が深まると、工作活動はエスカレートした。彼らは「テトリス」などのゲームに偽装した秘匿通信アプリをインストールさせられ、海軍の補給スケジュールや人員リスト、戦略的な内部データを送信するようになった。報酬の受け渡しにはフードデリバリーサービスが利用されるなど、当局の目を欺く隠匿工作も徹底されていた。

 逮捕された3人はいずれも重要機密に直接触れる立場にない「若手」だった。しかし、それこそが中国の狙いだ。彼らは幹部のスケジュール管理や会議資料、データの入力といった「実務」を担っている。中国は、これらの断片的な情報を収集・統合し、巨大なパズルの全体図を完成させる手法を取った。

 さらに、これらの若手が将来幹部へと出世したとき、過去の報酬受領という「スパイ行為の証拠」は、逃れられない脅迫材料となり、国家の中枢を食い破る致命的な弱点へと変貌する。

 フィリピン政府にとって、政府職員の低い給与はもはや単なる待遇の問題ではなく、巨大な「セキュリティーホール」となっている。

 かつてドゥテルテ政権下で警察官の給与を約2倍に引き上げたが、腐敗の根は消えなかった。現在も洪水対策事業を巡る巨額汚職が発覚するなど、官界全体に腐敗が蔓延(まんえん)している。こうした状況下で「愛国心」や「倫理観」という精神論に頼った安全保障は、もはやリスクでしかない。

 生活苦を抱える職員は数知れず、今回逮捕された3人は氷山の一角にすぎないだろう。数年前、中国人の身分を隠して長年フィリピン人に成り済まし、市長にまで上り詰めたアリス・グオ服役囚の事件を考えれば、すでに「スリーパー(潜伏工作員)」として、政府機関の要職に就いている者がいても何ら不思議ではない。

 逮捕された3人の若者は、巨大なパズルのピースの一つにすぎない。その全体図を描いているのは、身分を偽り政治家や実業家となった工作員であり、それらをつないでいるのは見えない資金のネットワークだ。

 最近では、イラン紛争に端を発するインフレにより、政府職員の経済状況はさらに悪化し、中国のスパイ採用にとって都合が良い状況となっている。中国はエネルギー危機という「物理的な打撃」と、生活苦を突くスパイ工作という「内側からの毒」を組み合わせ、フィリピンを二段構えで包囲している。

 政府は、通信機器などの「ハードウエア」への警戒を強めるだけでは足りない。スパイ防止法の制定も急務だが、それ以上に、職員が「国家を売らざるを得ない」状況をつくり出している組織構造そのものの浄化が迫られている。

 テトリスのブロックが積み重なり、一列ずつ防衛線が消えていくように、国家の主権が内側から侵食されている。

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