中東情勢の緊迫化に伴う燃料価格の急騰を受け、フィリピンのマルコス大統領は3月24日、「エネルギー非常事態」を宣言した。政府は供給の「差し迫った危機」に対応するため、海外からの燃料の直接調達や買い占めの監視強化、流通の適正化などを進める。しかし宣言後も、燃料高騰の波は止まらず、交通、物流、農業といった社会インフラの維持が困難な状況に直面している。(マニラ福島純一)

市民の足を支える軽油価格は、4月3日現在で1リットル当たり約130ペソ(約340円)に達し、イランでの紛争前の約2倍という異常な水準にある。4月中旬には160ペソに達するとの見方もある。
政府はジープニー(乗り合いタクシー)などの交通機関の運賃を据え置く代わりに、運転手1人当たり5000ペソの緊急支援金を支給したが、現場からは「燃料代で即座に消える」と悲鳴が上がっている。収入が減少し運行をやめる運転手が出てきているほか、燃料税の廃止などを求める全国的なストライキも相次ぎ、マニラ首都圏では通勤難民が路上にあふれるなど、交通網への影響が深刻化している。
一般家庭の調理用燃料も直撃を受けた。LPガス(11キロタンク)は紛争前の1000ペソ以下から一気に1500ペソを突破。値上がりに耐えかねた飲食店では、ガスコンロを捨てて「木炭」を再導入する動きが広がっている。
さらに、今回の危機は「国家の稼ぎ頭」である海外フィリピン人労働者(OFW)をも直撃した。中東の戦火を逃れ、すでに4000人を超える労働者と、その家族が政府のチャーター便で帰還を強いられた。帰還者の多くは失業状態にあり、これは外貨送金の途絶と政府の社会保障負担増という二重の足かせとなっている。
現在、国内の石油備蓄量は50日分と、他の東南アジア諸国同様に決して余裕があるわけではない。政府はイランへの攻撃直後の3月上旬に、行政機関の勤務を週4日にするなど、早い段階で対応した。ロシア産原油の到着や、日本からの緊急支援軽油の到着予定など供給確保に注力しているが、これらはあくまで一時的な「時間稼ぎ」にすぎず、根本的な解決は見えていない。
こうした中、毎年、「聖週間」の連休で賑(にぎ)わう避暑地バギオでは、観光客が例年より50%も減少するなど、観光業界にも自粛ムードが広がりつつある。航空業界でも4月から燃油特別付加運賃(燃油サーチャージ)が急騰した。燃料供給の不安から国際線の減便や運休も相次いでおり、外国人観光客の減少という二次被害も懸念されている。
一方、燃料の枯渇は物流が困難な地方から徐々に広がり始めている。南西部のスールー諸島に位置するタウィタウィ州のある自治体は、生活インフラの維持が困難だとして「燃料非常事態」を宣言したほか、マレーシアからの独自輸入の模索や、廃棄食用油のバイオディーゼル燃料化など、各地の自治体が独自の対策を講じ始めている。
また農業現場でも、燃料の高騰で灌漑(かんがい)ポンプを動かせず水田が干上がったり、トラクターから水牛へ回帰したりするといった報告がなされており、食料安全保障への危機感も高まっている。
4月2日、フィリピン外務省はイラン当局と電話会談を行い、フィリピン船籍の「安全な通航」の確約を得たと発表した。だが、ホルムズ海峡を実効支配するイラン精鋭軍事組織「革命防衛隊」が、独自の判断で攻撃を仕掛ける懸念は払拭されておらず、安全は完全には保証されていない。
特定の国の通航権確保は一時的な猶予にすぎず、世界全体の供給が正常化しない限り石油価格の暴騰は収まらない。「イランを石器時代に戻す」と豪語するトランプ米大統領の強硬姿勢の代償を支払うのは、備蓄の乏しいアジア諸国だ。石油枯渇のカウントダウンが始まる中、海外からのエネルギー輸入に頼る日本にとっても、この事態は決して対岸の火事ではない。






