
マニラ首都圏で9月21日に行われた洪水対策事業汚職に抗議する大規模集会は、一部が暴徒化し警官隊との衝突や略奪行為に発展した。この騒動を契機に、サラ・ドゥテルテ副大統領が政府の不安定化を指摘するなど、汚職問題はマルコス政権への直接的な批判に変貌しつつあり、次期大統領選に影響を与える可能性も出てきた。(マニラ福島純一)
戒厳令記念日に合わせ開催された抗議集会は、全国で約6万人が参加する規模に拡大。特に規模が大きかったマニラ市中心部では、一部の若者グループが大統領官邸のマラカニアン宮殿に続く道路で警官隊と激しく衝突。石や火炎瓶を投げ付け、警官130人以上が負傷。周辺のホテルや店舗では略奪行為も発生し、約90人の未成年者を含む200人以上が逮捕された。
混乱の中で、若者1人が住民に刺殺されたほか、男性が銃撃で死亡したが、発砲の経緯は判明していない。
暴動を主導したのは黒服にマスク姿の若者たちで、内務自治省は、暴動は組織的に仕組まれ、1人当たり3000ペソ(約8100円)が支払われ「マラカニアン宮殿を燃やせ」と指示されていたと指摘。情報通信技術省も国際的ハッカー集団「アノニマス」のフィリピン支部が、覆面デモ「ブラックマスク・マーチ」を呼び掛け、暴徒を扇動した可能性を示唆している。
抗議集会の発端となったのは、マルコス大統領自身が暴露した洪水対策事業に関する汚職スキャンダルだ。当初は公共事業道路省と建設業者の癒着が焦点だったが、関係者の証言により複数の政治家にも飛び火した。
特に、マルコス氏の従兄弟で政治的盟友のロムアルデス下院議長が関与を指摘され、辞任するなど、与党内の足元を揺るがし、マルコス氏も無関係ではいられなくなった。上院でも汚職への関与が指摘されたエスクデロ議長が議長職を退く事態となり、政権は大きく信頼を損なう結果となった。
汚職疑惑には、現役の議員や政府高官など、少なくとも50人以上が関与しているとされ、フィリピン史上最大級のスキャンダルとも言われている。調査では、未完成のまま放置された治水施設のほか、まったく実態のない「幽霊事業」が多数確認され、不正に流用された予算は約1000億~2000億ペソ(約2700億~5400億円)に上る可能性が指摘されている。
汚職疑惑を巡る政権批判が高まる中、マルコス政権と距離を置くドゥテルテ氏は、「政治家が制度を私物化している」と痛烈に批判。「政府は不安定化している」と断じ、汚職問題の矛先をマルコス氏に向け、統治能力に疑念を投げ掛けた。
一方、上院では、国際刑事裁判所(ICC)で拘束中のドゥテルテ前大統領について健康状態悪化を理由に自宅軟禁への移行を求める決議案が可決された。汚職問題による上下院議長の入れ替えなど、与党内の足並みも乱れ始め、政治情勢の変化が表面化している。
さらにSNSなどでは、米中央情報局(CIA)を巻き込んだクーデター計画のうわさも拡散。国軍は「根拠がなく現実と懸け離れている」と否定したが、世間で拡散されるこうした情報は、社会に不穏な空気を漂わせている。
今後、また抗議集会が実施されれば、反汚職デモから反マルコス政権デモへと変貌する可能性もある。現在も各地で散発的な抗議行動が続いており、再び大規模化すれば政権にとって打撃は避けられない。
今のところ政変に至るような熱気は感じられないが、今回の汚職疑惑と政権批判の連鎖は、次期大統領選を控えるマルコス陣営にとって重大な不安要素となっている。国民の最大の関心は「汚職の責任追及」だが、汚職の規模は膨大で問題の収束は見通せない。ドゥテルテ勢力の巻き返しなど、次期選挙でマルコス与党陣営は厳しい戦いを強いられる展開が現実味を帯び始めている。





