
ベトナム共産党政権の最優先課題は「体制維持」と「自国の防衛」だ。共産党独裁政権をいまだ維持しているのは、ベトナムの他、中国やラオスにキューバ、北朝鮮の5カ国にすぎない。ただベトナムが賢いのは北朝鮮のように体制維持のため国を閉じるようなことはせず、欧米や日本など西側諸国にも大きく門戸を開き経済的発展を遂げつつあることだ。そのベトナムに北風が吹いてきた。(池永達夫)
潮目が変わったのは、2年前のグエン・スアン・フック国家主席の更迭だった。
昨年死去するまで最高指導者として力を振るったグエン・フー・チョン党前書記長は、汚職撲滅を武器に権力基盤強化に動いた。この時、チョン氏は外交担当のファム・ビン・ミン筆頭副首相の首も切った。
国家主席は外交全般を統括するポジションであることから、チョン氏はベトナム外交の舵(かじ)を切り替える準備を始めたものとみられていた。
以後、ベトナムの中国外交が活発化し始めていることから、欧米や日本といった西側諸国にも大きく門を開いた全方位外交からの転換が図られる可能性がある。無論、経済成長著しいベトナム経済に冷や水を浴びせるつもりはなく、外国企業のベトナムへの投資や操業に問題はないもようだが、中国との関係強化には注意を要する。
ベトナム指導部はざっくり言って、党人脈だと「親中」、政府系なら「親米」に色分けされるのが常だ。更迭されたフック氏は後者で親米派だった。チョン氏は前者の親中派だ。ベトナム共産党規約第17条は「書記長の任期は連続して2期を超えない」と規定しているが、2021年の共産党大会でチョン氏は異例の3期目書記長に就任した。これも中国共産党総書記3期目を狙っていた習近平氏と重なるところがあり、中国モデルに倣ったもようだ。またチョン氏が政治権力を掌握していったのは、「虎もハエもたたく」として汚職一掃に動いた習氏同様、大物政治家も小役人も例外なく縄にくくった汚職一掃政策にあった。
なお昨年夏のチョン氏死去後、書記長に就任したトー・ラム氏や昨年10月に国家主席に就任した軍出身のルオン・クオン氏も典型的な中国派だ。書記長は党の最高意思決定者であり国家主席は外交を統括するポジションだけに、今後のベトナムの外交路線が注目される。
そのトー・ラム書記長は15日、中国の習近平国家主席との電話会談で、外交政策において中国を最優先事項としていることを確認した上で今年中の公式訪問を要請した。
習近平氏は23年12月にもハノイを公式訪問している。この時の中越首脳会談では、高速鉄道プロジェクトを含んだ経済協力協定で合意した。16年以上前からの国家プロジェクトである南北高速鉄道構想でベトナムは当初、日本からの技術経済支援を仰ぐ方針だったが、インドネシアに続きまたしても、中国に横取りされることが懸念される。
東南アジアを自国の裏庭にしようという中国の野心は、まだ道半ばだ。東南アジアを俯瞰(ふかん)すると、カンボジア、ラオスは中国の衛星国と言っていいほど政治的にも経済的にも中国の圧倒的影響力の下に置かれているものの、ベトナムやタイは中国に重心を置いた一本足打法ではなく、欧米とも深く付き合いながら経済的発展と安全保障を担保しようとの両天秤(りょうてんびん)外交を展開してきた。
とりわけ10世紀半ばまで「北属期」とされ中華帝国に1000年余、支配された歴史を持つベトナムは、巨大な軍事力を持つ隣国・中国の怖さを肌身で知っている。中国が実効支配しようともくろんでいる南シナ海でも、ベトナム領土である西沙諸島を巡って中国との確執がある。だからベトナムにとって中国への牽制(けんせい)力を持つことは、主権国家を維持する上で不可欠のはずだった。
そのためベトナムは、米第7艦隊や日本の海上自衛隊のカムラン湾への寄港などを積極的に受け入れてきた。そうしたベトナムを、ぐっと引き寄せたい中国は現在、32時間で走るハノイ―ホーチミン間を3分の1の10時間で結ぶ高速鉄道というカードを切ろうとしている。