サラ・ドゥテルテ副大統領とマルコス大統領の対立が激化し、フィリピンの政局に深刻な影響を及ぼしている。サラ氏がマルコス夫妻を暗殺するために殺し屋を雇ったと発言し、治安当局を巻き込む混乱が発生。さらにサラ氏の父親であるドゥテルテ前大統領が国軍にクーデターを呼び掛けるなど、過激な発言が相次ぎ、ドゥテルテ家とマルコス家の緊張がこれまでになく高まっている。(マニラ福島純一)
サラ氏は11月23日の記者会見で、「もし私が暗殺されたらマルコス大統領夫妻とロムアルデス下院議長を暗殺するよう殺し屋に依頼した」と発言した。この発言の背景には、副大統領府での機密資金の不正使用疑惑がある。下院で厳しい追及を受けていた副大統領顧問の女性刑務所への移送にサラ氏が反発。その後に行われた記者会見で、この衝撃的な発言が飛び出した。
この発言を受けマルコス氏は、「このような犯罪計画は容認されるべきでない」と徹底的に争う姿勢を見せた。さらに大統領警護隊は国家安全保障の問題と捉え、大統領府の警備を2倍に強化する方針を示した。
さらに国家捜査局もサラ氏に対し、殺害を依頼した人物などに関する説明を求めるため召喚状を発行したが、サラ氏はこれに応じない姿勢を維持。11月29日の出廷日にも現れず徹底抗戦の構えだ。
このような政局の混乱を受け、サラ氏に対してこれまでに2件の弾劾申し立てが左派系市民団体から相次いで提出された。下院に提出された弾劾申し立てでは、サラ氏の機密費の不正使用疑惑に対する説明責任の欠如や、マルコス氏への暗殺発言により国民の信頼を裏切ったことが焦点となっている。これを受け下院は、近く弾劾についての審議を開始する見込みで、サラ氏への圧力はさらに強まる見通しだ。
さらにこの混乱に油を注ぐように、ドゥテルテ前大統領が11月25日に、オンライン記者会見で「フィリピンの分裂した統治を正せるのは軍だけだ」と発言。さらに「いつまで麻薬中毒者の大統領を支持するのか」と軍に問い掛けるなど、クーデターを促すような姿勢を示した。ドゥテルテ氏は以前から、マルコス氏が麻薬中毒者だと繰り返し主張し物議を醸してきた。
状況が混迷を深める中、マルコス氏は当初の対決姿勢から一転して対立の鎮静化に動き始めた。マルコス氏は「副大統領の弾劾は下院と上院の時間を奪うだけで、国民の生活改善にはつながらない」と主張し、議員らにサラ氏に対する弾劾訴追を控えるよう要請した。
さらにサラ氏の「後戻りできない地点に達した」との発言に対しマルコス氏は、「絶対に(後戻りでき)ないとは言えない」と指摘。和解の可能性に含みを残した。
マルコス氏がサラ氏の弾劾に反対の立場を取ったことからも分かるように、不安定な政治闘争は国民が直面するインフレ問題や貧困などの課題への取り組みを妨げ、政権への信頼低下を招く可能性も高く、さらに国際的な信頼にも影響を及ぼしかねない。
今後はマルコス政権がこの分裂の影響をいかに抑え、政権の安定を回復できるかが課題となる。しかし、来年に控えた中間選挙に向け両陣営の対立がより激しさを増す可能性もある。早期の混乱収束に失敗すれば、次期大統領選までこの混乱を引きずることも考えられる。