
フィリピン南部ミンダナオ島で、米国人男性が武装集団に誘拐される事件が発生した。政府がイスラム系武装勢力の掃討作戦や和平推進に力を入れ、外国人を狙った誘拐事件はしばらく沈静化していただけに犯行の目的や犯行グループの正体に注目が集まっている。米連邦捜査局(FBI)の捜査官が現地入りするなど、救出に向けた捜査活動も本格化している。(マニラ福島純一)
ミンダナオ島にある北サンボアンガ州で10月17日に誘拐されたのはエリオット・オニル・イーストマンさん(26)で、銃で武装し、警察官を名乗る4人組に拉致された。誘拐犯は抵抗する男性の足を銃で撃ち強制的にモーターボートに乗せて、そのまま連れ去った。男性は結婚したフィリピン人女性の海沿いにある実家で5カ月ほど前から一緒に生活していたことが分かっている。

フィリピン政府は直ちに国家警察や国軍、沿岸警備隊などを総動員して捜索活動を開始したが、23日時点で被害者の所在は分かっていない。誘拐犯から身代金の要求や犯行声明などもなく、犯行の動機や犯行グループの正体も不明となっており被害者の安否が懸念されている。
米大使館も迅速に動き、事件の翌日には米国から派遣されたFBI捜査官が現地入りし、犯行現場となったイーストマンさんの妻の実家を訪ね事件当時の状況を詳しく調べた。
イーストマンさんは現地での生活の様子などを動画配信していたが、誘拐される直前に行ったライブ配信で「周囲の人々から嫌われており誰かに誘拐されるだろうと脅されている」などと語り、夜に恐怖を感じ眠れないこともあると告白していた。
また地元警察が、イーストマンさんが住んでいる海辺の地域は特に治安が悪く誘拐の危険があるため、別の場所に移動するよう何度も警告をしていたことも分かっている。警察はイーストマンさんが動画配信していたことで誘拐の標的になった可能性を指摘している。
このように誘拐の脅威を十分に認識していたにもかかわらず、なぜイーストマンさんが現地に留まり続けていたのか不可解な点もある。
同州では2020年にもフィリピン系米国人の男性がイスラム武装組織アブサヤフに誘拐される事件があり、数週間後に国軍が交戦の末に無事救出した。
かつてフィリピン南部ではアブサヤフによる外国人誘拐が猛威を振るっていたが、政府が国軍による掃討作戦を強化したことや、マレーシアやインドネシアなどの近隣諸国と連携し海賊行為を取り締まるようになったことで誘拐事件は大幅に減少。さらにリーダーの相次ぐ逮捕や殺害により弱体化が加速したことでメンバーの投降も増えるなど、かつてアブサヤフの拠点だったバシラン州からも完全に排除されるに至っている。
とはいえフィリピン南部では、地元有力者や実業家などへの恐喝を生業(なりわい)とする犯罪組織が複数存在しており、アブサヤフ以外によって誘拐された可能性も除外できない。
この事件が起きる直前の16日にフィリピンの裁判所は、00年にマレーシアのリゾートを襲撃し、外国人など21人を誘拐してフィリピンに連れ去り身代金を要求した17人のアブサヤフのメンバーに対し終身刑を言い渡したばかりだった。
このようにフィリピン政府のアブサヤフ対策は成功を収めつつある。しかし依然として南部では地域的な不安定要因や他の過激派グループなどが存在している。政府には地方レベルでの情報収集の強化を図るなど、過激派組織の残党や犯罪組織に対する取り締まりの強化が求められている。