中国企業がASEAN進出本格化 「裏庭」化へ政治的意図も

中国企業進出が顕著となっているバンコク

中国では、労働コストの上昇や長引く米中対立などを背景に、生産拠点を東南アジアに移転する動きが本格化している。東南アジア諸国もこうした動きを歓迎し、投資誘致活動を積極的に展開している。中国が見越しているのは、製造拠点を東南アジアに置くことによる欧米からの経済制裁逃れと、総人口6億7000万人という東南アジアの市場に食い込もうというものだ。無論、東南アジアを中国の裏庭にしておきたいという政治的思惑も絡む。(池永達夫)

中国企業の東南アジア進出は、同時多発型ではなく同時階層型だ。

ざっくり言うと労働コストの低いラオス、カンボジアなどは縫製業など労働集約型産業の進出にドライブがかかり、労働コストは高いものの電力や物流といった基礎インフラが充実し産業の集積力といったメリットがあるタイやマレーシアなどでは資本集約型産業のダイナミックな進出ぶりが顕著だ。

特筆すべきは中国の電気自動車(EV)企業が、現地生産体制に入ったことだ。

中国は今世紀、ガソリン車に代わりEVで世界の自動車マーケットの覇権を握ろうと官民挙げて動きだしている。

さっそく、中国EV最大手のBYDが7月、タイ東部ラヨーン県に海外初となる生産工場を完成させ、現地生産を始めた。年産15万台の能力を持つ同工場は東京ドーム20個分の広さを有し、今後1万人の従業員を雇用するとしている。

タイのEVマーケットで4割のトップシェアを持つBYDは、東南アジアのデトロイトと言われるタイで現地生産を行うことにより、価格競争力を強めタイでの販売に力を入れる他、マレーシア、カンボジアといった近隣の東南アジア諸国や豪州、ニュージランドなどにも輸出する計画だ。

タイは長らく日本車が9割前後を占めていた日本車の牙城だった。人口6億7000万人を超す東南アジアでも、新車販売で日本車シェアは8割と圧倒的だった。その「わが世の春」だった日本車に、BYDは殴り込みをかけた格好だ。

なお年初にはタイでリチウム鉱脈が発見された。0・45%のリチウムを含むレピドライト鉱石の埋蔵量は1500万㌧。これだけだとEV100万台分のリチウム電池分しか賄えないが、EV製造大国を目指しリチウム資源を現地調達できるインセンティブを持とうと新鉱脈発見を加速させる意向を持つタイ政府のバックアップ体制は、BYDや他の中国EV企業にとって大きな追い風となる。

中国の産業における強みは、官民一体となって重要分野に傾斜投資できることと、後発のメリットを生かしたかえる飛び型発展が可能であることだ。何より自国の巨大マーケットを持っている中国は、産業集積と生産規模の拡大で価格競争力を高めることができる素地があり、そのパワーを侮るわけにはいかない。

また通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)はタイを東南アジア諸国連合(ASEAN)のデジタルハブと位置付け、スマート医療プロジェクトなどを通しASEANの取り込みを図ろうとしている。欧米や日本では安全保障リスクを考慮し華為技術締め出しに動いているものの、タイだけでなくマレーシアやシンガポールを含めASEANではこうした動きは鈍い。

ASEANの中でもとりわけ中国の進出ぶりが顕著なのがラオスとカンボジアだ。発展途上国のラオス、カンボジアには、廉価な労働力を活用した縫製業や靴製造など労働集約型産業が多いものの、ラオスの首都ビエンチャンと雲南省の省都・昆明を結ぶ高速鉄道を開設しただけでなく、カンボジアの首都プノンペンとタイ湾に面したシアヌークビルまでを結ぶ運河建設に着手するなど巨大インフラ整備にも余念がない。

すでにラオス、カンボジアは中国の衛星国家のような存在となっているが、ASEANを動かそうとする時、中国にとって便利な手駒になっている。というのもASEANとしての意思決定は多数決で決まるわけではなく、全会一致制だからだ。つまり、一国でも反対に回ればASEAN全体の意思決定にはならず、中国とすれば一国さえ押さえれば、拒否権発動が可能になるというわけだ。

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