昨年のタイ総選挙(定数500)で第1党に躍り出た民主派の最大野党・前進党の解党処分に関する憲法裁判所の判決が、8月7日に下される。これまでの流れからすると、憲法裁判所が前進党の解党処分を合憲とする判断を下す見込みだ。また総選挙を勝利に導いたピター前党首ら若手の幹部が政治活動を永久に禁止される厳しい処分を受ける恐れもある。(池永達夫)
憲法裁判所の裁判官は、10年前の軍事クーデター後に発足した軍政が選出した人々だ。昨年9月に発足したセター政権には王党派の親軍政党も加わり、憲法裁の判断に影響を及ぼしているとみてほぼ間違いがない。
ただ憲法裁判所は1月、ピター氏の下院議員資格を認める判断を下していた。同氏は、昨年の総選挙の際、メディア関連株を保有し、議員資格を停止されたが判決で議員に復帰することができた。
だが、ピター氏が党首を務めた前進党はタイ社会でタブー視される王室改革を主要な政策に掲げるなど、国内では急進派政党に位置付けられている。国軍を中心とする王党派は前進党の台頭に警戒感を強めているものの、見境もなく司直による弾圧を加えることで国民の反発を招くことは避けようとする柔軟性は持ち合わせている。
憲法裁判所が1月、ピター氏の議員復帰を認める判決を下したのは、そうした大局観からくる判断だったと考えられる。
しかし、王党派は一歩引いて二歩前進するのがそのやり方だ。しかも後退の一歩は小さく、前進の一歩は大きく踏み出す。
その意味で憲法裁判所が8月7日に下す判決が、前進党解党処分となっても決しておかしくはない。
王党派が強硬路線に転じようとしている兆候は、与党の最大政党・タイ貢献党の実質オーナーであるタクシン元首相(74)への仕打ちをみても理解できる。
タイ最高検は先月、国外逃亡中だったタクシン元首相の発言に王室侮辱の内容があったとして不敬罪で起訴した。
タクシン氏は昨年8月に15年ぶりの帰国を果たし、汚職の罪などで禁錮刑となった後、入院していたが、2月に司法当局から仮釈放された。タクシン氏が大幅減刑され、半年で仮釈放となったのは、タクシン派のタイ貢献党と親軍政党の連立政権ができたからだが、両党の関係が緊張してきている。
さらに憲法裁判所はタイ貢献党のセター首相に関しても、犯罪歴のある人物を閣僚に取り立てようとした任命責任を問い失職の可否を審議している。判断は早ければ8月にも示される。
タイ貢献党は昨年のタイ下院選で、第1党の前進党の151議席より1議席少なく第2党だったものの親軍政党などと連携し、前進党を抜いた連立でセター政権を樹立した。
王党派は野党第1党の前進党のみならず、連立を組んだ相手のタイ貢献党をも標的にしムチ打ち始めているのだ。
なお、タイ国立開発行政大学院大学(NIDA)が6月実施した政治家や政党の人気度に関する世論調査では、「次の首相にふさわしい人物は誰か」との質問で、ピター氏と答えた人の割合が45・5%と最も多く、現首相のセター氏12・85%と比べても断トツ感が強い。また政党支持率は前進党49・20%と最も高く、貢献党16・85%を大きく突き放している。
こうした政治情勢の中で前進党解党命令が出されれば、判官びいきの国民の多くが親軍政党に反発し前進党支持に回る可能性は高く、再び国家を二分するような対立構造が出現するリスクが出てくる。