フィリピン北部ルソン島のタルラック州の町長に「中国スパイ」疑惑が浮上し、政府が真相解明に乗り出す騒ぎとなっている。町役場の近隣にある中国系オンラインカジノ企業がロマンス詐欺などの違法行為で摘発され、町長の関与疑惑が浮上。これをきっかけに町長の不自然な経歴に注目が集まり、上院議会の公聴会で中国の工作員ではないかとの懸念が高まった。(マニラ福島純一)
今年3月にタルラック州バンバン町で、フィリピン・オフショア・ゲーミング・オペレーター(POGO)と呼ばれる中国人向けのオンラインカジノの拠点が政府当局の摘発を受け、違法労働を強いられていた800人以上の労働者が救出された。この摘発は強制労働を強いられていたベトナム人からの通報を受けて行われたもので、救出された800人のうち約半数が中国人で、残りはフィリピン人とその他の外国人だった。従業員はオンラインでの詐欺犯罪のほか、フィリピン政府機関ウェブサイトのハッキングやスパイ行為に関与していた疑いも浮上している。
フィリピンではこのようなPOGO企業を隠れみのとしてロマンス詐欺や仮想通貨詐欺を行う中国系犯罪組織の活動が活発化しており、各地で摘発が繰り返されている。ここで働く外国人従業員を狙った身代金目的の誘拐や人身売買も横行するなど、治安悪化を招き社会問題にまで発展している。
今回の摘発では、このPOGO企業への同町のアリス・グオ町長の関与が指摘され注目を集めた。この施設の土地はもともとグオ氏が所有しており、運営への関与やスパイとの疑惑が浮上したのだ。
上院の公聴会では、出生証明書にはグオ氏の父親はフィリピン国籍と記載されているが、事業に関する記録には中国国籍と記載されるなど矛盾点が指摘された。さらに出生した病院や通った学校の記録もなく、グオ氏の名前は2022年の町長選挙で突然浮上したとホンティベロス上院議員は指摘。出自を証明する唯一の公的書類といえる出生証明書に関しても17歳になってから届けられたもので、そのミステリアスな経歴は国民だけでなく政府の関心を集めた。
マルコス大統領はグオ氏に関し、「タルラック州の政治家をすべて知っているが彼女を知っている人は誰もいなかった」と述べ、彼女の身元について強い疑念を表明。さらに安全保障上のリスクとなる可能性に言及し、グオ氏の市民権など政治家としての資質に関する調査の必要性を強調した。
アバロス内務自治省長官は、公選職員に対する懲戒権を持つオンブズマンに対し、グオ氏を違法企業に関与した「重大な違法行為」の疑いで停職処分を科すよう勧告した。国籍問題に関する調査も進行中となっており、もし中国国籍が明らかになれば偽証罪で起訴され、最終的には町長の資格を剥奪される可能性もある。
またズビリ上院議長は、グオ氏の出自や経歴がすぐに検証できなかったことに強い懸念を表明。中央選挙管理委員会に対し選挙候補者の身辺調査をより厳格に審査するよう要請した。
上院での公聴会の後、公の場から姿を消したグオ氏は、自身の公式フェイスブックで出した声明で「私はフィリピン人でこの国を愛している」と、改めてスパイ疑惑を否定。
その出生に関しては、父親と家政婦の間に生まれたことを明かし、母親は幼少期に家を出て離れ離れになり父親が経営する養豚場で育ち、学校に通う機会もなく自宅で教育を受けたと説明。上院の公聴会で自身の出生に関して説明を濁したのは、父親を論争に巻き込みたくなかったからだと弁明した。しかし父親の国籍に関しては触れなかった。
違法POGO企業への関与など、その疑惑は拭い切れていない。犯罪組織や外国勢力から支援を受け選挙に当選した可能性も含め、今後もその実態について政府当局による調査が行われる見通しだ。南シナ海を巡る緊張が高まる中、中国による工作活動への懸念は強まるばかりとなっている。