世界の海にはびこる〝ブラックな漁業〟が近年、現代の奴隷労働の温床として問題視されている。悪質な漁業会社は安価な労働力を得るため、主に東南アジア出身の貧しい移民労働者を不当な条件で雇い、十分な食事や休息を与えず長時間労働を強いている。パスポート没収や凶器・薬物を使用した暴行のほか、海に遺体が投棄された事件も報告されている。深刻な人権侵害を引き起こす「海の奴隷」を根絶するため、国際的に規制が強まる中、水産物消費大国の日本でも「正しい消費行動」と法整備が求められている。(竹澤安李紗)
「ぼくの命の値段は皆に食べられる魚よりも安いんだ」
乗組員からこのような言葉を「もう聞きたくない」と訴えたのは、タイの人権活動家パティマ・タンプチャヤクルさん。東南アジア海域で、「海の奴隷」と呼ばれる乗組員たちの救出に長年取り組んできたパティマさんは2月中旬、国際的な環境保護団体である世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)の招聘(しょうへい)で来日。都内で開いた記者会見で、ブラックな漁業といわれる「IUU(違法・無報告・無規制)漁業」による人権侵害の実態を報告した。「国際社会が解決すべき人権問題だ。日本は重要な役割を担っている」と、日本にリーダーシップを発揮するよう呼び掛けた。
世界有数の水産物輸出国であるタイでは、近年までIUU漁業が横行していた。タイの漁業会社は人身売買業者と取引し、遠洋漁業の船員としてミャンマー、ラオス、カンボジアなどの貧困地域から労働者を確保。「いい仕事がある」とだまされた人々は、逃げることのできない漁船に乗せられる。数カ月から数年間、一度も下船を許されず、最悪の場合、下船できないまま一生を終える人も。まるで奴隷のように働かされている。
パティマさんはこれまで5000人以上の労働者を救出した。2004年にタイでNPO法人「労働権利推進ネットワーク基金(現・労働保護ネットワーク=LPN)」を設立し、奴隷労働問題解決に取り組み、17年にはノーベル平和賞にノミネートされた。22年に日本でも公開されたドキュメンタリー映画『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』で、救出の様子が紹介されている。
パティマさんは次のように指摘する。「国ごとに法律が異なるため、漁船の中には、他国の領海に出て旗国(船で掲げている国旗)を変え、船籍を偽り、違法に漁をしている船もある」。「海の奴隷」と呼ばれる人々は数万人存在すると言われている。しかし、その実態を正確に把握することは非常に困難とされている。洋上、特に公海における船の取り締まりは難しく、ブラックボックス状態になっているからだ。
中国籍漁船のIUU漁業による人権侵害が近年、明らかになった。インドネシア人移民労働者らがマグロ漁船で少なくとも19年から20年にかけ、強制労働を強いられていたことが分かっている。
また、国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」の報告書によると、中国の水産会社「大連遠洋」のフカヒレ漁では、インドネシア人乗組員27人が1日18時間以上も労働を強制させられていた。中国人乗組員から身体的・精神的虐待を受けていた。食事も十分に与えられず、ほとんどが栄養失調に陥り、4人は病気になり死亡。そのうち3体の遺体は海に遺棄された。この会社は商品を日本に輸出していたと、海外で報道された。