領有権を巡りフィリピンと中国のつばぜり合いが続く南シナ海の問題で、ドゥテルテ前政権が中国と交わしたとされる「密約」が明らかとなった。明らかにフィリピンにとって不利な内容であり、親中派だったドゥテルテ前大統領への批判が強まっている。(マニラ福島純一)
密約はフィリピン国軍が防衛拠点として使っている座礁船があるアユンギン礁を巡るもので、座礁船の補修に使う資材の持ち込みを禁止するなど「現状維持」を強調する内容だ。3月に匿名の中国高官がフィリピン・メディアに密約の存在を暴露し、ドゥテルテ前政権で報道官だったロケ氏もこれを認めるなど、ドゥテルテ氏に説明を求める世論が強まった。
これを受けドゥテルテ氏は記者会見を開き、南シナ海における混乱を避けるため習近平国家主席とは「現状維持」で合意しただけで密約ではないと説明。中国には何も譲歩していないと強調した。その一方で現状維持の一環として、座礁船への修理資材の持ち込み禁止が含まれていることを認めた。
これに対しマルコス大統領は「何に合意し、何を妥協し、何を譲歩したのか」と不明な点が多い密約に関し、ドゥテルテ氏に説明責任があると強調した。さらに「なぜ中国の友人はわれわれに対し怒っているのか」と述べ、政権移行時に密約に関する引き継ぎや説明がなかったことや、合意内容が文書化されていないことに懸念を表明。現在の南シナ海での混乱を加速させているとして、ドゥテルテ氏の対応を強く批判した。
現状維持と言えば聞こえはいいが、国軍が防衛拠点として使っている座礁船の補修物資の搬入を認めないことは、明らかにフィリピン側に不利な内容だ。座礁船はすでに老朽化が進み朽ち果てるのは時間の問題となっている。
中国政府はマルコス政権に対し、同海域での活動を両国の合意に基づき活動を自粛すべきだと繰り返し求めていた。特に最近では座礁船に補給物資を運ぶフィリピン船舶への妨害活動が激化し放水攻撃でフィリピン側に負傷者が出るなど、一触即発の事態が続いていた。マルコス大統領はそのような合意はないと主張していたが、このような中国の過激な行動の背景にドゥテルテ政権下での密約があったことが明るみとなり、一転してフィリピンは不利な立場に陥った。
このような状況下、フィリピン国内においても中国勢力の浸透を懸念する声が強まっている。
中国人が違法に入手したフィリピンの出生証明書やパスポートをなどを使って国籍を偽装し土地を購入。倉庫運営などの商業活動を隠れみのに犯罪行為を行っている実態も明らかとなった。フィリピンでは外国人の土地所有は認められていない。この手法で軍事施設周辺の土地が買われているとの情報もあり、国の安全保障を脅かす可能性も指摘されるなど、政府は身分証偽造への対応に追われている。
また比米防衛協力強化協定(EDCA)に基づく軍事施設が集中するカガヤン州では、1500人を超える中国人留学生にビザが発給されていることが明るみとなった。フィリピン国内では「スリーパーセル」と呼ばれる一般人に偽装した中国人工作員の存在が以前から懸念されており、政府が留学生の実態調査に乗り出した。
昨年8月に実施された国の信頼度に関する世論調査では、日本を信頼するとの回答が92%に達する一方、中国は34%で最下位だった。また79%が中国を「最大の脅威」と回答するなど、南シナ海を巡る対立で中国への不信が急速に高まっている実態も浮き彫りとなっている。