ベトナム政府は4月1日、首都ハノイと商都ホーチミンを南北に結んだ同国初の高速鉄道敷設に関し、中国から技術を学びたいと表明した。中国の習近平国家主席は昨年12月、ハノイを訪問して首脳会談を行い、高速鉄道プロジェクトを含んだ経済協力協定で合意していた。15年以上前からの国家プロジェクトである南北高速鉄道構想でベトナムは当初、日本からの技術経済支援を仰ぐ方針だったが、インドネシアに次ぎまたしても、“中国トンビ”に油揚げをさらわれてしまう可能性が出てきた。(池永達夫、写真も)
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全長1545㌔に及ぶ南北高速鉄道の予算規模は、最大720億㌦(約10兆8000億円)。ベトナム政府は声明で「世界で最も発展している中国の鉄道産業の経験から、特に技術や資金調達、経営手法を学びたい」と表明した。
チン首相は昨年1月、日本政府に対しベトナム南北高速鉄道への協力と助言を要請したばかりだったが、中国からの強力な切り崩しがあり、昨年12月中旬に訪越した習氏は、首脳会談で高速鉄道を含んだ経済協力協定に調印した。
南北高速鉄道のレール幅は中国の高速鉄道と同じ1435㍉の標準軌で、既存の在来線である狭軌の統一鉄道(ベトナム鉄道南北線)と分離、新規敷設となる。最高速度は350㌔で、山間部を走るラオスの高速鉄道の160㌔とは違って海岸部の平地を走るメリットが生かせる。統一鉄道はハノイ―ホーチミン間を32時間で走るが、南北高速鉄道が完成すれば約10時間で結ばれる。
ただベトナムでは、既にハノイやホーチミンだけでなく中部中核都市ダナンや観光都市ニャチャンなど主要都市を結ぶナショナルフラッグのベトナム航空や格安航空ベトジェットエアなど航空網が整備されており、庶民の足としても定着している。こうした中で高速鉄道がどれだけ旅客ニーズを取り込めるのか、採算性を含め疑問視する声も上がっている。
なお中国は天安門事件後、首相に就任した李鵬首相が「東南アジアへの南進」を指示した経緯がある。背景にあったのは、ソ連崩壊を受け、北の脅威から解放されたことで南へ国力を押し出せる地政学的状況だ。
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あれから30年を経て現在、北京とシンガポールを高速鉄道で結ぶ南北回廊はほぼ完成する見通しとなっている。
雲南省と隣接するラオスは国境ボーテンから首都ビエンチャンまで高速鉄道が運行されているし、ビエンチャンとタイの首都を結ぶ高速鉄道も建設中だ。マレーシアもタイ国境から首都クアラルンプールまで現在、高速鉄道が建設中で、クアラルンプール―シンガポール間は計画中だ。
ただ東南アジアを自国の裏庭にしようとした中国の野心は、まだ道半ばだ。東南アジアを俯瞰(ふかん)すると、カンボジア、ラオスは中国の衛星国といってもいいほど政治的にも経済的にも中国の圧倒的影響力の下に置かれている実態があるものの、ベトナムやタイは中国に重心を置いた一本足打法ではなく、欧米とも深く付き合いながら経済的発展と安全保障を担保しようとの両天秤(てんびん)外交を展開中だ。
とりわけ10世紀半ばまで「北属期」とされ中華帝国に1000年余、支配された歴史を持つベトナムは、巨大な軍事力を持つ隣国・中国の怖さを肌身で知っている。中国が10段線で実効支配しようとしている南シナ海でも、ベトナム領土である西沙諸島を巡って中国との確執は続いている。だからベトナムにとって中国への牽制(けんせい)力を持つことは、主権国家を維持する上で不可欠のことなのだ。
そのためベトナムは、米第7艦隊や日本の海上自衛隊のカムラン湾への寄港などを積極的に受け入れている。そうしたベトナムを、ぐっと引き寄せたい中国は高速鉄道をてこに使おうとしている。さらにインドシナ半島をからめ捕ろうとしている中国は、広西チワン族自治区の南寧とハノイ、ホーチミンからカンボジアのプノンペンを経由してバンコクまで高速鉄道を通せば、インドシナ全域を高速鉄道で結ぶ環状線が完成する。