インドシナ半島では2種類のアジアハイウエーが存在する。
主に日本が支援する東西経済回廊や南部経済回廊と、中国がドナー国になっている南北回廊だ。
東西経済回廊はベトナム中部のダナンから中継地ラオス、タイを経由してミャンマー・モーラミャインまでのインドシナ半島1700㌔を2車線の道路で横断。南部経済回廊はベトナム南部ブンタウからカンボジア、タイを経由してミャンマー・ダウェーまでの回廊を言う。
一方、中国がバックアップするのは雲南省昆明からラオスのボーテンを経由してタイ東北部チェンコーンまでつなげる南北回廊だ。チェンコーンまでつながれば、後はタイの国道を使ってバンコクまで物流ルートは確保できる。
なお東西経済回廊の道路建設はほぼ終わっているものの、南部経済回廊は最後のワンピースが残ったままだ。2年前にクーデターでまた政権を奪取した軍事政権の誕生でミャンマーは現在、準内戦状態にある。このためタイ北西部のメソトとミャンマー東部ミャワディを通る東西経済回廊も、物流にブレーキがかかったままだ。
とりわけ東西経済回廊のミャンマー側は強力な戦力を持つカレン民族同盟(KNU)のテリトリーと重なっており、安全を脅かされながらの走行となる。このため運賃も、5割以上跳ね上がったままだ。
また南部経済回廊ではミャンマー側の道路がまだ未整備のままで、東西を結ぶ本格的な物流ルートにはなっていない。
ただ将来の全面開通を見越して、ミャンマー政府はモーラミャインから南40㌔に本格的港湾建設を予定している。ミャンマーの最大都市ヤンゴンにも港湾はあるものの、河川港だけに大型コンテナ船は着岸できず国際的な物流回廊にリンクできていない。
結局、東西経済回廊や南部経済回廊は、ミャンマーという壁に阻まれ機能不全に陥っている状態だ。中国はその弱みを自己の強みに転嫁しようと、動いている。その策とは、南部経済回廊の東部分に焦点を合わせ、高速道路を建設しようというものだ。
すでに日本の政府開発援助(ODA)などを使ってベトナムの商都ホーチミン市からカンボジアの首都プノンペンまでの道路は建設済みだが、中国は敢(あ)えて屋上屋を重ねるような格好で、同じルートの高速道路建設計画に着手している。中国とすれば、一般道でしかない南部経済回廊と高速道路の彼我の違いを見せつけ、東南アジア諸国連合(ASEAN)での求心力を強めようという思惑がある。その中国は1年3カ月前、プノンペンとシアヌークビルを結ぶ高速道路を建設したばかりだ。
なおミャンマーという最後のピースが埋まらないことは、ASEANの不都合だけでなく、南アジアや中東、ひいては米国の世界戦略にとっても不利益となっている。
バイデン米大統領とモディ印首相は昨年9月、インドと中東、ヨーロッパを結ぶ新たな「経済回廊」の実現に向けて合意した。中国の一帯一路への対抗プロジェクトとなるものだ。この回廊と東西、南部経済回廊がつながることで北からインド洋に出ようとしている中国を牽制(けんせい)できるし、インドやその周辺国など南アジアの国々の経済力底上げを促す経済の大動脈になり得る。その意味でもミャンマーというワンピースの欠落は痛い。
(池永達夫)