
前回は安全保障問題を主要テーマに、東南アジアを自国の前庭にしようとする中国南進の実態をリポートした。続編は経済を軸に展望する。(池永達夫)
バンコクで思わず「紙!」と叫びたくなった。
トイレでの話ではない。新聞を買おうと思ったが、どこにも売っていなかったのだ。
宿はスクーンビットに取った。バンコク支局時代、長年住み慣れた場所は、定点観測するにはもってこいの場所だ。支局勤務時は毎朝、英字紙「バンコクポスト」と「ネイション」を読むのが日課だった。
その英字紙を買おうと散歩がてら、スクーンビット通りを探したが探しあぐねた。
昔、雑誌や華字紙と共に置いていた店先に、新聞だけでなく雑誌さえもなかった。
バンコクは日本同様、数多くのコンビニが存在するが、新聞は売っていない。駅売りもない。
結局、ソイ(通り)1からアソーク通りまで歩いたが、購入はかなわなかった。
欧米や中東の観光客であふれているスクーンビット通りの地価は高く、商品の淘汰(とうた)は激しい。
売れ筋ではないものや利益率の低いものは、さっさと市場から消える。
デジタルの時代に入って、さっそく新聞や雑誌など紙媒体がその淘汰商品に入っている。
そのデジタル技術は医療の世界にも、大きな変化を呼び込んでいる。
典型例が5G救急車の登場だ。
渋滞都市バンコクでこの5G救急車が力を発揮している。急患を運んだ救急車が渋滞に巻き込まれ身動きが取れなくなっても、車内の救急隊員が高解像度カメラや心電計(ECG)モニターなどを稼働させ、患部の詳細な映像や呼吸・体温・血圧・脈拍といったバイタルサイン(生命兆候)データがリアルタイムで病院に送信される。そして病院で待機している専門医師が措置を指示、救急隊員は車内で患者に速やかで的確な初期治療を施せるというものだ。
切羽詰まった救急医療の現場では、的確で手早い医師の判断力こそが救命できるかどうかの大きなポイントとなる。渋滞を縫うように往来できるバイクに乗った救急医師と看護師という救急バイクというのも昔からあるが、「5G救急車という新たな助っ人の登場で崖っぷちの命を多数、救出することに成功している」とサミティベェート病院広報担当は胸を張った。
その5Gの基礎インフラをタイで整備しているのが、中国のファーウェイ(華為技術)だ。
華為はタイを東南アジア諸国連合(ASEAN)のデジタル・ハブと位置付け、スマート医療プロジェクトを通しASEANの取り込みを図ろうとしている。このスマート医療プロジェクトでは5G救急車による搬送だけでなく、人工知能(AI)による補助診断から退院後の遠隔医療までデジタル技術医療を駆使した全面的スマート化へ転換を図る。これにより症例1件当たり平均約15分かかっていた診断時間を、ほぼ30秒以内へと縮める劇的迅速さを可能としたとされる。また、CT画像検査の精度は97%まで向上したという。
欧米や日本では安全保障リスクを考慮し華為締め出しに動いているものの、タイだけでなくマレーシアやシンガポールを含めASEANの動きが鈍いどころか、基本的に「ウエルカム」というスタンスは当面、変わりそうにない。