ラオス・ボーテン 中国が警察権握る経済特区 中国南進 揺れるASEAN(5)

整備中のボーテン経済特区

マカオがラスベガスのカジノを凌駕(りょうが)したことは、東南アジアのカジノビジネスに活力を与えた。シンガポールのカジノビジネス成功例はその典型だ。

そのカジノビジネスに一番熱心なのはカンボジアであり、次にラオス、ミャンマーと続く。

ただマカオやシンガポールのように必ずしも成功しているとは限らないのが、カジノビジネスの難しさだ。砂糖に群がる蟻(あり)のように、キャッシュが大きく動く所は、悪徳の巣窟となりやすい。それを仕分けできる実務能力がないと、カジノビジネスは自滅の道を余儀なくされる。

中国雲南省に隣接するラオスの国境ボーテンに、カジノ都市「磨丁(ボーテン)黄金城」が忽然(こつぜん)と誕生したのは20年前のことだ。

このカジノ都市は、1万人もの人口を擁した時期があった。それもすべて中国人ばかり。中国人がラオスに入植してつくり上げた人造都市だった。そこには中国の郵便局があり、使われる通貨は人民元。時計の針も北京時間に合わせていた。だが、そのゴールド・シティーがゴーストタウンになるのに10年もかからなかった。カジノは12年前、閉鎖された。

その直後のボーテンを訪ねたことがある。商店街はすべてシャッターが下ろされていた。カジノの玄関はベニヤ板で閉鎖され、赤の絨毯(じゅうたん)と蜘蛛(くも)の巣がかかったシャンデリアが印象的だった。不動産バブルと共に中国のあちこちで出現した「鬼城(ゴーストタウン)」が、国境を越えボーテンにもやって来たのだ。

そのボーテンが息を吹き返そうとしている。ゴーストタウンだったボーテンの復活を促したのは、雲南省の省都昆明とラオスの首都ビエンチャンを結ぶ高速鉄道だ。その中継駅になったボーテンは、カジノ都市から経済特区に様変わりしようとしている。

ボーテン駅を出ると、山を崩して谷を埋め平地を広げたむき出しの赤土に土煙がもうもうと立ち込め、広大な特区で数多くの重機がうなり、ダンプカーが走り回っている。

人の気配がしなかったゾンビ都市に、人が戻っている。山手には中国人ワーカー用の宿舎15棟が並ぶ。これだけ見ても、かなりの規模の労働者投入が分かる。露店ながら30軒近い市も立ち、野菜や果物、雑貨を売っている。

驚かされたのは、ラオス経済特区の警察権を中国が握っていたことだ。ボーテンの主要な辻(つじ)には、胸に公安警察と記された中国人警察官が椅子一つだけの簡易型ながら駐在しているし、公安警察と刻印されたバイクが巡回している。

いわばボーテンは中国人専用の租界地と化し、ラオスは単なる座貸屋の立場だ。経済特区の眼目も、ここに中国国内の製造業を誘致し、あわよくば特恵関税であるラオスの最恵国待遇を活用して欧米輸出に拍車を掛けたいとの中国側の思惑が潜む。

ボーテン経済特区産業商業投資顧問の陳留勇氏は「すでに160社ほどの工場進出が決まっている」と内情を明らかにした。

たとえ欧米諸国がラオスを迂回(うかい)地とした中国製品に門を閉ざすようなことがあっても、ラオスで製造すれば6億5000万人近いASEAN諸国への輸出が可能で、域内自由貿易協定の恩恵に預かることができる。

「黄金の夢」を求めて転落、「拝金主義の徒花(あだばな)」が散ったボーテンの地層の上に構築される経済特区が新たな活力を持つことになるのか、再び徒花として終わるのか判明するまで多分長くはかからないだろう。(池永達夫)

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