
コロナ禍でラオスの体力を奪ったのは通貨キープ安だった。コロナ禍以前は1㌦8900キープだったが、1月下旬時点で2万776キープと半値以下の通貨安になっている。
ラオスの主要産業は、発電と観光、それに海外への出稼ぎだ。この3本柱のうちコロナ禍で移動が封印され、観光と海外出稼ぎの2本の柱がへし折られた。唯一残ったのは、大河メコン川の水資源などを生かした水力発電によるタイへの売電収入だった。近隣国の電気需要は拡大しているものの、ビエンチャンに駐在する国際協力機構(JICA)の山本毅(つよし)氏は「送電線未整備のため中国やベトナムへの売電はまだ道半ばだ」という。

輸出が激減する一方、製造業が弱い山岳国家ラオスは日用品の多くをタイや中国など隣国に頼らざるを得ず、輸入を止めるわけにはいかない。当然、貿易の経常赤字は膨らむ一方で、対中債務が大きかったこともあり財政不安が強まり通貨下落を呼び込んだ。通貨安は輸入品の高騰を招き、ラオス経済がインフレに襲われる悪循環に陥っている。
なお海に面していない内陸国家ラオスの弱みは、貧しい物流パワーだった。
メコン川には中国・景洪(ジンホン)とラオスの首都ビエンチャンまで400㌧クラス以下のバルク船(バラ積み船)ながら航路が存在する。だが、ベトナムやカンボジアへは南部のコーンパペンの滝が邪魔してまともな航路ができない。
何より長い間、鉄道そのものがなかった。インドシナの植民地時代、宗主国のフランスはベトナムやカンボジアには鉄道を敷いたものの、山岳国家ラオスに鉄道インフラを整備することはなかった。
その鉄道後進国だったラオスが、後発の強みを生かして一気に高速鉄道先進国に躍り出た。その背中を押し、技術も資金もないラオスの後ろ盾になったのは中国だ。
約2年前の2021年12月、首都ビエンチャンから中国雲南省に面した国境ボーテンまでの400㌔が開通した。さらに中国ラオス高速鉄道は昨年4月、雲南省昆明からビエンチャンまでの1000㌔を全面開通させ、イミグレ時間を含め約10時間かけて結ぶようになった。
巨大駅舎のビエンチャン駅から、その高速鉄道に乗った。
日本のようにチケットさえあれば、駅の構内に自由に入れるわけではない。
まず駅員がチケットを確認して待合室で待機、出発時間の20分前になってやっと構内に入れる。このシステムは中国と同じだ。
座席は満席といっていいほど、ほぼ埋まっていた。ただ現在、ビエンチャンと中国国境のボーテンまでを結ぶ高速鉄道は1日3往復のみだ。ラッシュ時には5分単位で発着する東海道新幹線とはかなり様相を異にする。

車両前の電光表示板に速度が出る。最高速度は157㌔だった。揺れはあまりなく、簡易テーブルに置いたコーヒーがこぼれることはない。
これでラオスは、東南アジアで最初の高速鉄道インフラを整備した国になった。2番目となったインドネシアが、首都ジャカルタからバンドンまで中国の高速鉄道を敷いたのは昨年10月のことだ。3番目と目されるタイは、現在建設中だが遅れに遅れている。
絡む中国の遠謀と近謀
高速鉄道のビエンチャン駅は、中心部から車で約30分の郊外にある。通常、空港から市内までが遠く、鉄道は市街地まで線路を引くことで時短の空路に対し旅客争奪の競争力を保っている。それがラオスではあべこべで、ビエンチャン国際空港までは車で5分と町中にある。
これには中国の近謀と遠謀が絡む。近謀は、鉄道インフラ整備を通じた周辺の土地開発で利益増幅を狙う。中国はビエンチャン駅周辺の土地開発権を取得しており、工業団地や商業ビル建設で土地使用権利を売却するだけでキャッシュが手に入る。
遠謀は、中国が狙っているのはあくまで北京とシンガポールを結ぶ中国インドシナ縦断鉄道ということだ。ラオスはその中継国家にすぎず、メコン川に架かるタイ・ラオス友好橋に近い場所にビエンチャンターミナル駅を選定したのもバンコクを視野に入れたものだ。
なお中国ラオス高速鉄道の総工費60億㌦(約8400億円)のうち、7割が中国輸出入銀行の有利子負債だった。ラオスの国内総生産(GDP)の65%が中国からの借金という、中国一辺倒の比率は異常だ。通貨安がこれに追い打ちをかけ、外貨建て債務の圧力が増している。「債務の罠」にはまったスリランカの次はラオスかもしれない。(池永達夫、写真も)