中国が南進を本格化させたのは1990年代初期のことだった。沿海地域とは対照的に経済発展から取り残された雲南省など西南地区の開発を目指した当時の李鵬首相は、「雲南を南に向かって開き南進せよ」との国家戦略を発令した。あれから30年、中国の東南アジア諸国連合(ASEAN)進出は、習近平政権の世界戦略「一帯一路」に吸収される形で大きく動きだしている。(シアヌークビル・池永達夫、写真も)
12月初旬、カンボジア紙に「中国軍艦がリアム海軍基地寄港」とのニュースが掲載された。
写真はなく、カンボジア国防相がコメントした形の記事だが、港湾増築後、中国艦船にとってリアム初寄港となるはずだ。 さっそく首都プノンペンから南西に200㌔㍍のシアヌークビルに向かった。
「カジノで遊べるビーチリゾート」を売り出し文句に、中国人観光客を呼び込んだシアヌークビルから南東20㌔㍍の岬にカンボジア最大の海軍基地リアムはある。
海岸からでも軍艦2隻は確認できた。だが、五星紅旗の中国国旗が上がっていない。
船首の艦番号さえ分かれば、船籍を確認できる。中国の軍艦はすべて番号が振ってあり、それぞれ地名を冠した名前が付けられている。命名された都市はその軍艦の乗組員をもてなし激励する、海軍と都市の姉妹縁組のようなシステムがある。
だが肝心の艦番号が埠頭で隠れている。確認するには船で、埠頭(ふとう)の向こう側に回り込むしかなかった。
ちょうど基地の脇に小さな港があった。タクシーを降り、船のオーナーと交渉に入った。
1時間のチャーター料60㌦を支払った。ポル・ポト時代に通貨そのものを廃止したり、内戦で通貨暴落を経験したカンボジアでは、自国通貨リエルより米ドルの方が歓迎される。
船は全長15㍍と少し大きめのものにした。小さなボートでは身を寄せる場所がない。
リアム海軍基地前の海に2㍍くらいの高さの赤いブイを浮かべ、民間の船が基地内に侵入しないよう規制線を張っている。しかも3人乗りの高速ゴムボート2隻が規制線内の港湾をパトロールしている。
2隻の監視の目をかいくぐるようにして基地にカメラを向ける。
ちょうど、レンズを300㍉の望遠に切り替えて撮影し終えた時だった。後方50㍍ほどから近づいて来たゴムボートのパトロール隊員と目があった。2隻と思っていたパトロール隊は実は3隻いたのだ。隊員は中国艦船に向けた望遠カメラを見ている。
こちらは、思わずニコッと笑った。記者は時に役者のような演技を要求されるが、この時は何の打算もなく苦笑に近いものだった。
すると隊員は、2~3秒じっとこちらを見据えたかと思いきや、急に左折して基地に帰って行った。
「なんだアホか」と思ったのか、昼前だったので面倒を避け昼食を優先したのかどうかは分からない。あるいは主任務は中国艦船保護だったのかもしれない。ともあれ臨検を受けるリスクは免れた。停泊していたのは、中国海軍の文山号と巴中(はちゅう)号のフリゲート艦2隻だった。
中国は3年前、初の海外基地ジブチの港湾を拡張し、空母も停泊できるようにした。昨年、リアム海軍基地で完成させた埠頭もジブチ同様の長さを誇る363㍍だ。それまでは100㍍にも満たない小さな埠頭でしかなかった。
それが中国の浚渫船(しゅんせつせん)も稼働し、喫水の深い軍艦も着岸できる深海港になった。小規模の海軍力しか持っていないカンボジア海軍には過ぎた施設で、狙いは中国空母の停泊とされる。